白銀者の帰還19
ウォーターフォード基地、管制室では夜空を照らす敵の自爆を観測しながら、状況の把握に努めていた。
「どうなっている! オード殿はどうなった!?」
基地司令は、全力で情報分析を行っているオペレーター達に確認を取る。しかし、衛星が破壊されてしまった事で、詳細な情報確認が出来ないのだ。
「わ、わかりません! 敵勢反応は大気圏外で消失してます! 少なくともアグレッサーは撃破されたと――」
『あー、テステス。聞こえるー?』
管制室に入って来た【クライシス】から通信に全員が反応した。慌てて、オペレーターが状況の確認を求める。
「オード殿。敵は――」
『自爆した。この戦いは、オレたちの勝利だ。オレはちょっとやることがあるんで失礼するよん』
一方的にそれだけを言い、【クライシス】からの通信は途絶え、管制室には沈黙が流れる。
無駄ではなかった。多くの戦士達の犠牲は――命を賭して相対した者達の戦いは……無意味な死では無かったのだ。
「人類の勝利だ! 各部署と『サンクトゥス』に連絡を飛ばせ! 脅威は――『セブンス』によって去ったと!!」
基地司令の言葉に、ウォーターフォードを襲った二度目の敵勢勢力との交戦は人類の勝利で終わったと、歓声の声をあげた。
「あーあー、多分歓声ムードだと思うぜ? 今頃」
『そんな事を言っている場合ですか?』
「そんな事でも言ってなきゃ始まらないの」
シゼンは諦めたように座席に体重を預ける。現在、【クライシス】は推進力を失い、ただ宇宙空間で漂っている状態だった。
「笑えるよな。使い慣れない機体で宇宙に飛び出したらコレだ。あーあー、地面が恋しい」
『周囲の衛星を使い、位置情報の習得は問題ありません。しかし、救助となると数週間は必要でしょう』
サンクトゥスが全力を挙げても、宇宙までは駆けつけるには流石に時間がかかるだろう。
そうなれば、何の食料の無い今のままでは当然餓死だ。地上と連絡を取って何とかしなければならないのだが……
「近くの衛星から、連絡って取れねぇ?」
『それよりも、まずい状況です』
「なに? 今以上に、マズイことなんてあるの?」
機体的な頑丈さは申し分ない。空気が漏れている様子もない、空調も問題なさそうだ。
『機体が星から離れています。時速50キロの速度です』
「…………あー、嘘だぁ」
『私は虚偽の報告をするようにはプログラムされていません』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
学校からの帰路。
家が見えてきたところで庭の駐車場に父の車が止まっているに気がついた。二週間ぶりの父の帰還であると認識し、途中から急ぎ足になり、最後は走って家の扉を開けた。
「お父さん! おかえりなさい!」
父は五か月前に『星の使徒』と戦う事を承諾して、度々戦場へ赴いていた。
ニュースでもその事は毎日のように取り上げられているが、細かい生存者や勝利か敗北などの報道しかされていなかった。
情報の漏洩を防ぐために、父と私達への連絡も制限されていた。だから、二週間ぶりに父と顔を合わせる事が出来ると思うと、とても嬉しかった。
「よう、我が娘よ。元気で結構!」
しかし、父は荷物を取りに来ただけだったようだ。既に荷造りを終えて後は出発するだけのようだ。
「エイル、久しぶりだな。大きくなった」
父と向かい合う様にテーブルに座っているのは、親友のカナンさんだった。厳格な雰囲気を持ち、冗談をあまり言わない軍人を体現したような人である。
『お久しぶりです、エイル』
机の上に置かれている端末から声が聞こえる。ソレは端末を通して通話をしているわけでは無く、そこに存在するAIだ。
「こんにちは。カナンさん、イヴさん」
私は二人に挨拶をして、思わず父と話し込みそうになる所を何とか抑えて、お茶を出すために台所へ。
「エイル、私はいい」
そう言いながらカナンさんは立ち上がると、机の上の端末を取って腰のホルダーに入れる。
「行くぞ、シゼン」
「おう」
そう言って父も立ち上がった。私は慌てて駆け寄る。
「お父さん。もう行くの?」
「ああ。お前の顔も見れたし、本当はフリューとも会いたいんだけど……」
「半日も作戦をずらしている。これ以上は危険だ」
どうやら、父はもっと早く家を発つつもりだったらしい。けれど、私か弟に会う為に無理を言っていたと悟った。
「…………」
「フリューには、お前から言っておいてくれ。お土産を買って来るよ」
そう言って頭を撫でてくれる。私はスカートの裾を強く握る事しか出来なかった。
最初の頃は、お祖父ちゃんが戦いで亡くなったと聞いてから悲しそうに笑う父を見たく無くなくて……戦場に出たがっていた父を応援した。
でも……戦いが激化するにつれて、父が帰ってくる頻度は減って行った。そして、ニュースでは、大半が敗北や、壊滅したという報道ばかりで、ソレを見る度に連絡のつかない父の事だと思えて、胸が締め付けられるように辛かったのだ。
「お父さん」
でも……せめて私達の事で心配させない様に私は笑顔で父を送り出す。だけど、これだけは聞いておきたかった。
「次は……いつ帰って来るの? わ、私達……もうすぐ授業参観で……あ、でも、大変なら――」
自分でも支離滅裂な事を言っているのは解っていた。けど……言えないけど、どうしてもその意志が表に出てきてしまう。
お父さん……行かないで――
父は私の心情を察したのか、目線を合わせるように片膝でしゃがむと、また頭を撫でてくれた。そして撫でながら、
「未来を護る。もちろん、誰かと付き合う時はお父さんに言うんだぞ? 後、火の始末はちゃんとな。そんでもって――」
父の手が離れる。そして、カナンさんの後に続く様に再び立ち上がり背を向ける。
「誕生日までには帰って来るよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
シゼンは【クライシス】を自在に操れるようになっていた。
周囲は何も無い空中空間なので動作の確認は何のへだたりなく行え、四肢の動きも、機体独特の癖もだいたい把握した。
「誰かがさ、宇宙って海みたいなものって言わなかったけ?」
『どこでそんな馬鹿な情報を得たのですか? 死んでください』
「ひどいっ!」
平泳ぎで離れていく星へ戻ろうとしている【クライシス】の姿はとてもシュールな光景だった。そもそも、左腕部と右腕部が無いので、進めたとしても殆ど意味は無いので、全くもって無駄な行為である。
「でもよ、何もせずに離れるのを待つって方がまずいだろ?」
『今、高空機関の起動原理を解明しています』
「どのくらいかかる?」
『15年です』
「トレースでお願いします!!」
『トレースは“飛翔”しか出来ません。方向が違えば空気抵抗の無い分、二度と戻れない可能性があります』
「お得意の計算で軌道を測定しなさい」
『この機体――【クライシス】のOSを完全に制御下に置いていれば不可能ではありませんが……現在解読できているのは機体の四肢動作だけです』
だが、ソレも左腕部と右脚部を欠落している為、完全とは言い難い。
何とかしなければならないと言うのに、現状では分からない事が多すぎる。せめて高空機関が使えるようになればいいのだが……
「“ACT”って文字も消えてるし……あれ? これってやばくない?」
『ようやく、脳回路がその結論に至りましたか。このマヌケ』
「段々、酷くなってね!? もっと尊敬しなさいよ。人格形成の為に、オレの傍に居るんでしょ?」
『いえ。マスターから仕事をサボらないように監視しているだけなので。貴方を尊敬する理由は一ミリもありません』
「でもよ、結構お前もフランクになって来るよな。最初の頃なんて『はい』と『いいえ』しか言わなかったじゃない」
『下手に喋ると酸素を消耗しますよ。黙っててください』
「へーい」
とは言っても、不思議と息苦しさは感じない。海中で行動する事も考えてある機体なのかもしれないが、とにかく助かっている。
「…………お父さん」
“…………”
「私達……お父さんの後を……継ぐことにしたよ」
“…………”
「やっぱり……この世界が……好きだから」
“…………”
「【クライシス】の意味を……お父さんのしたことが……正しかったって……」
“…………”
「きっと……お母さんも……喜んでくれてるよね?」
“…………”
「練習したんだよ……お父さんみたいに……戦えないけど……」
“…………”
「……お母さんも……一緒に戦ってくれるから……」
“エイル……すまなかった……”
「え?」
“お父さんの所為で……お前達を巻き込んだ。お前達を護る為に戦っていたハズが……戦わなくていい未来の為に前に進んでいたハズが……逆にお前達を……この輪廻に巻き込んでしまった”
「……お父さん」
“……エイル。もう、【クライシス】を持って帰りなさい。お父さん達は大丈夫だ”
「……不思議と納得してるの……きっと……これが私達の未来……だったんだって……」
“…………エイル”
「それに……また出会えたから……お父さんと……」
“……そうか。なら、お父さんは何も言わないよ。シゼン・オードを……助けてあげなさい”
「うん……わかってる」
“最後に、一つだけ言い忘れた事がある”
「なに?」
“18歳の誕生日、おめでとう。エイル――”
「――――」
エイルの意識はゆっくり覚醒した。朝に自然と眼が覚めるような眼覚めは、最後に気を失った時の事を瞬時に思い出し、思わず立ち上がった。
「痛ッ!?」
ゴンッと、鈍い音がして天井に頭をぶつける。少しだけコア内部が揺れた。
「大丈夫?」
頭を押さえて痛がっていると、前の座席からシゼンが覗きこんでいる。視線が合いしばらく沈黙。そして、少し恥ずかしくも視線を外す。
「こ、ここは――」
話題を変えようと今居る場所を認識しようとして、すぐに理解した。
「【クライシス】……」
「話すと色々と長くなるけどさ。とりあえず敵は倒したよ。最後の奴は自爆したけど」
シゼンは前席に戻りエイルに背を向ける。彼女が目を覚ました事で、心配事が一つだけ消えたのだ。
「イノセントさんは……どうなりましたか?」
「おっさんは死んだよ」
「――――そう……ですか……」
戦いに身を置く以上、死は避けられない。けれど……出来るだけそうならないように気を付けていた。
「でもさ、泣いてくれる人がいるなら、それだけで十分だと思う。今は自分たちの事を心配しよう」
「……はい……」
けれど、避けられないとはいえ、慣れるものでは無いし慣れたくはない。大きな矛盾を抱えているとエイル自身も自覚している。
「まぁ、今はこっちは色々と詰んでるけどさ」
「……そうなのですか?」
「うん。星に帰れそうにない」
少しずつ離れていく母星を、あたふたしながら見ているのが、今の現状だ。シゼンとしては女の子と二人きりのシチュエーションは日常の中で是非とも望みたいモノだが。
「……ここまで……どうやって……?」
「敵が自爆するから、がむしゃらでさぁ。今は完全に機体が沈黙してて――」
「……なら――」
エイルは後席の横から慣れた様にパネル引き出すと何度か指でプログラムをいじる。すると――
「ん? あれ?」
画面に“ACT1”の文字が現れて、高空機関の躍動がコア内に響き渡った。
「何かした?」
「はい……待機状態になっていたので……起動させました」
背部の起動翼に推進力が戻ると、ヒュンッと一回だけ勢いが生まれる。そしてゆっくりと星へ軌道を取った。
「もしかして、この機体の事を知ってる?」
「はい……元は――」
そこまで行ってエイルは口を閉ざす。今、【クライシス】の登録搭乗者は父になっており、書き換えは可能だったが行ってはいなかったのだ。
「元は……私の父が乗っていました……」
「そっか。いやはや、是非とも会って見たかったね」
【クライシス】は星に向かって速度を取り始めた。その間も、エイルは状況の確認と、何が起こったのかを確認していく。
左腕部と右脚部を取り外されている。ある程度の予想は出来ていたけれど……あのスカイホールからは“彼”がやって来たのだ。と言う事は……もう既に“彼”の部下が世界のどこかに潜伏しているかもしれない。時間は……そう多くは残されていない――
「動かし方が分かるならさ、コイツにも教えてやってくれない?」
「?」
エイルは差し出された端末を不思議そうに覗き込む。
『こんばんは、Mr.エイル』
「わ!?」
元より、シゼンしかいないと思っていたので、別の声に思わず驚く。
『正直言って、貴方は自らが機密を持っていると自覚するべきです』
「別にいいだろ? この機体の持ち主らしいし、男は隠し事をしないものさ★」
『相変わらず、キモイですね』
「ちょっ」
そんなコントを繰り広げている様子から、端末の声は別の人格を持っていると察せる。
「もしかして……イヴさん……ですか?」
唯一、心当たりのある、同じ存在の名前を尋ねる。
『……シゼン。やはり、彼女にワタシの存在を明かすのは早計だったのでは?』
「んなことねぇって。お前は神経質に考えすぎ」
『理に無かった行動をしなければ、身を滅ぼすのは我々です』
「でも、オレたちだけだったら間違いなく星には帰れない。助けてもらうんだから、隠し事は無しだって」
困っている様子のエイルへシゼンは説明を続ける。
「これは“ファラ”っていうAIでね。君の言った“イヴ”とは別のタイプのAI。色々と聞きたい事はあるけど、細かい事は追々って事で。あ、コイツは機密だから黙っててね」
「はい……。えっと……ファラさん……よろしくお願いします」
『少し納得しかねますが……情報の交換と言う事で【クライシス】の事を出来る限り教えてもらえますか?』
「はい。もとより……その為に……シゼンさんには協力してほしいので……」
「ほらな。話が円滑に進んだだろ? オレ、ナイス!」
『シゼンは黙っててください。この事はマスターと隊長に報告します』
「律儀な委員長キャラめ!」
『当然の流れです』
と、目の前で繰り広げられる会話を聞いていると、父とその友人の人との関係を思い出す。いつも、友人の方が目くじらを立てて、父はけらけらと笑って躱していた。
「それじゃ後は頼む。分かったら後でまとめといてくれ。それと、【クライシス】とエイルちゃんに関する報告は、隊長とカナンだけで止めといて」
『意図を聞いても良いですか?』
「この機体の動かし方を知ってるだけで、慎重に動くには十分な理由だ。戦ってる所をウォーターフォードでも見られたからな。エイルちゃんも、それでいい?」
「シゼンさんに任せます……」
「おっけー、じゃあそれで行こう。そう言う事で♪」
『不本意ですが、了解です』
やるべき事を解っているファラは、さっそくエイルから細かい情報を聞き、機体制御に関するプログラムの箇所を重点的に検索をかける。その際にいくつかのプロテクトが存在していたが、その突破は全てエイルが対処していた。
「お。なんか、やっと一日が終わった気がするな」
すると、モニターに朝日が昇り始めたウォーターフォードの海面が見えてきた。雲を突きぬけて、眼下の街並みが少しずつ見えてくる。
「あの……」
すると、作業途中で“ファラ”からの返答を待っている状態のエイルが前席のシゼンへ声をかける。
「ん? 終わった?」
操縦桿を握り、片脚部しかないので上手く着地する事を考えながら彼女の言葉に応える。
「いえ……あの……」
もしかしたら、場違いかもしれないし、何を言っているのか分からないかもしれない。けどエイルは、どうしても言いたかった。
あの時は、言えなかった。言わなければならなかった。聞こえて無くても……帰って来てくれたと――
「おかえりなさい」
その言葉は、彼女から彼へ向けられたモノとしては当然の様な雰囲気を含んでいた。
「――――ただいま」
理由は分からないが彼も、自然とそう返した。
Afterword……
「【クライシス】が動いたのか?」
『はい。今、搭乗者のオード隊員と連絡が取れました。現在民間人を一人保護し、ウォーターフォードへ帰還しているとの事です』
「……そうか。その保護した民間人についての情報は?」
『10代~20代の少女だそうです。確保しますか?』
「……彼は、『タフリール』への派遣任務を望んでいたな?」
『はい』
「では、ソレを即時に承諾して構わない」
『事情聴取は規定通り行いますか?』
「うむ。そちらは、規定通りに頼む。アグレッサーの情報は些細な事でも欲しい」
『わかりました。では【クライシス】だけ回収をします』
「いや……そちらも、オード君と共に『タフリール』へ引き渡していい。『サンクトゥス』よりも、彼女たちのいる所の方が確実性がある」
『ですが【クライシス】は損傷しています。『タフリール』の技術で修復が可能でしょうか?』
「私の友も居る。何とかしてくれるだろう。だが、時間はかかるだろうから、整備の終わった【スクード】を『タフリール』へ手配しておいてくれ」
『即時に』
「それと、シギント。さっきから言っているが、その作業が終わったら君は少し休みなさい。現地の視察と事情聴取は私が引き受ける」
『分かりました。エルサレム総帥』




