白銀者の帰還18
『――――』
半壊。突如として機体の左側を謎の爆発によって吹き飛ばされた【フリーク】は、力が抜けるように膝を折った。
『無事ですか? シゼン』
「ったく、ちと遅いぜ? ファラ――」
シゼンは、【クライシス】に入って来たファラからの通信に応じていた。
『射程距離に入るまで時間がかかってしまいました。ですが、作戦は成功です。既に――』
レーダーに反応が増えていく。その反応は全て海からのモノだ。
ウォーターフォード海軍が、港や沖合から戦闘が行われているこの場所へファラの誘導を元に駆けつけたのである。
そして、『鳴月』の反応から敵の位置を的確に捉え、射程距離に入った戦艦からの砲撃が【フリーク】に直撃したのだ。
『無様ですね。片腕片脚を奪われて、降伏のポーズとは』
「うるせー。言っとくが、【フリーク】はまだ終わってねぇ――ぞッ!」
話し込んでいる最中でも、シゼンは【クライシス】を立ち上がらせると動きを停止している【フリーク】から跳び上がって距離を取る。
『全艦隊に通達をお願いします。座標はB-A-58です。懸念する要素は何もありません』
ウォーターフォード基地の管制室は、ファラから敵の座標を含む、全ての攻撃要素を伝えられていた。
「全艦隊に通達! 座標データを確定した艦からどんどん撃てぇ!」
砲撃の音が海から次々に響き渡る。全ての戦士が繋いだこの瞬間を逃すわけにはいかない。
目標地点を捉えている【クライシス】からの中継映像で、【フリーク】へ砲撃が見舞われている様子を随時確認できる。
最初の砲撃が予想外で、致命傷を負ったようで、次々に飛来する砲撃に【フリーク】は飲まれて行った。
【クライシス】は片膝の姿勢で、砲撃で吹き飛んだ地面と一緒に舞い上がった『鳴月』を右腕に引き寄せてキャッチする。
「なぁ、ファラ。アイツって本当に推定戦力S?」
『DEMで性能が落ちているようです。現在はB以下言った所でしょう』
「結構落ちたね」
『攻撃性能だけなら変わらずにSですが、防御性能は並み以下になっています』
すると砲撃が止んだ。火薬と砕けた地面によって発生した煙が晴れると、そこにはもはやアステロイドとしての形状が辛うじて残っている【フリーク】が存在していた。
「その右腕は傷一つないのかよ」
5分は続いた砲撃の中で、原形が残っているのも驚愕だが、それ以上に右腕部だけは傷一つ追っていないのは、更におかしい。
『――――私の負けのようだ……』
「言っとくけどさ、一人で来た時点でお前の負けだよ? もし、この場でオレを倒せたとしても……この世界にはオレよりも強い人間が少なくとも5人以上いる」
『そんな存在に興味は無い。私は貴様を消す――刺し違えてでもな』
天を仰ぐように【フリーク】は右腕部を夜空へかざす。すると、オレンジ色に発光を始めた。
「おいおい――」
色は赤に変わり、その時点で周囲の崩れた建物や物体は溶解を始め、近くにある湾の海水が沸騰を始めた。
「あ!? ファラ――――」
『離れ……さい……電波妨害が……るほどの熱が――』
何が起こっているのかを確かめようと連絡を取ったがノイズが酷くて聞き取りにくい。
まさか――
“刺し違えてでもな――”
先ほどの【フリーク】からの言葉が頭に反響する。しかし、そんな言葉が無くても現状からヤバいと察せただろう。
「――――」
周囲の物質は溶けたアイスのようにドロドロに溶けているにも関わらず、【クライシス】だけは涼しい顔をしてこの場に存在出来ている。
シゼンは柄が溶け始めた『鳴月』を湾に捨てる。信号は常に出ているので後で回収すればいい。今は、【フリーク】を何とかしなければ、取り返しのつかない事になると容易に予測が出来るのだ。
「どうする……」
ファラは高熱によって電波が遮断された現場には入って来る事は出来ない。片腕片脚の【クライシス】では、自爆寸前の【フリーク】を持ち上げて海の中に運ぶことも不可能だ。そもそも、それだけの時間が残されているかも不明だった。
「――――まったく、本当に何でオレばっかり、こんな選択をしなくちゃいけないのかねぇ」
一人だったら迷わなかった。このまま自爆に巻き込まれて、救えなかった者達と一緒に吹き飛ぶ選択をしただろう。だが、今は後ろの座席に彼女が乗っている。
「オレは、お前の名前は知らない」
シゼンは操縦桿から手を放して、機体に話しかけるようにモニターを見る。
「でも、オレが駅の瓦礫に下敷きになりそうになった時、助けてくれたよな」
駅で瓦礫に押しつぶされそうになった時――不思議で眼を疑うような現象だった。しかし、戦いを通り抜けた今なら、この機体が行ったのだと理解できる。
「お前は、オレを助けてくれただろ?」
別にオレじゃなくても、誰かが死にそうになっていれば助けたのかもしれない。
「オレは壊れてる。だけどよ、そんな命でも平等だと思っているのなら、面倒だと思うが――」
操縦桿を握り直す。そして、その視線は目の前のモニターに映る【フリーク】を捉える。
シゼンは【クライシス】を跳躍させ、【フリーク】を掴める位置に着地。熱によって溶解した地面に蟻地獄のように沈んでいく【フリーク】を掴み、そして――
「宇宙から、星を見てみようぜ?」
引きずり出す様に【クライシス】は跳躍した。その瞬間、シゼンは確かに確認する。
モニターに“ACT1”と表示されて、高空機関が起動していた事を――
後は何も考えない。ただただ、空を目指す。
その意志が乗り移ったかのように【クライシス】も、少しずつ上昇する速度が上がっている様だった。
「後どのくらいだよ!」
『推定自爆まで、熱エネルギーを逆算して割り出しました』
「うお!?」
シゼンは、不意に入ってきたファラの音声に驚きながら、表示された20秒のタイマーを見る。
「ビビらせんな」
『細かい説明はしません。しかし、どうやって高空機関を起動させたのですか? 戦闘中も度々発動していた様ですか……』
「心の清いオレに応えてくれたんだよ」
『一番ありえませんね』
【クライシス】は雲を突き破る様に抜け、更に加速する。タイマーは着々と秒数を減らしていく。この場はに何も無い空間だが、どれほどの規模に爆発が拡散するか分からない。周囲を航空機が飛んでいると被害を受けるかもしれないのだ。
「いつの間にか、すっかりヒーローですよ」
『目の前に集中してください』
『無駄だ……』
残り時間が10秒切ったところで、【フリーク】から通信が入った。て言うか、搭乗者は生きてたのか。
『これは始まりだ。貴様らが『グラウンドゼロ』と呼ぶ戦いが本当に我々の全力だと思っているのか?』
「全力じゃないの?」
『既に種は撒き終えてある。この情報は冥土の土産だ。せいぜい、思考を巡らせたまえ――』
「うっさい」
【クライシス】は、掴んでいる腕を大きく振り上げると、【フリーク】を放す。既に十全な加速を持って星の外へ飛び出していたのだ。
そして、予測タイマーは後3秒を示していた―――
『シゼン・オード……』
2秒――黒腕の熱エネルギーが一点に凝縮する様に集まって行く――
『また会おう』
1秒――光さえも凝縮する様に、黒腕が発生させていた全てのエネルギーが消え去った――
「二度と、その面を見せるな」
光に包まれた【フリーク】は音も無く星の外で周囲50キロを巻き込む破壊を生み出した。それによって多くの人工衛星が破壊され、異常を来し墜落する。
ソレはウォーターフォードの夜空に流星群となって光が流れた。
次回、第一章、終了!




