白銀者の帰還16
初めて、乗る機体だった。敵のだと言うのに、どこか不思議な懐かしさを感じる。
左眼を損傷した純白の機体。自らを押しつぶしていた瓦礫と共に浮かび上がっていた。
「ファラ。これは……高空機関か?」
シゼンも理解できなかった。まるで、この機体と周辺の物質から重力が消えたように、地下から地上へ何の射出装置も無しに戻る事が出来たからだ。
『はい。この機体の性能としては“ジャナフ”と記載されてます。もしかすれば、我々の高空機関とは大きく異なる性能が施されているのかもしれません』
「どちらにせよ、やる事は一つだ」
この機体で、戦う、と言う事。
次にシゼンは、視界に捉えた敵機の姿を見る。ターミナルの地下を倒壊させる程の爆発と衝撃は、間違いなく奴を狙った攻撃だ。
だが敵は――――
「……マジかよ。ファラ、あれって――」
『“鉄の卵”能力怪物です』
シゼンは、漆黒の機体の背面に繋がったケーブルを見ながら、敵が『DEM』を搭載していると判断した。
「ファラ、敵機の名称は“フリーク”と呼称するぞ。同時に、駐屯軍に通信。オレ達の得た奴の情報を全て伝えろ」
『了解』
「間に合わなかったか」
【クライシス】の起動。それがこの場で大きく戦局を動かす起因となってしまったようだ。しかし、だからと言ってこちらの敗北が決まったわけでは無い。
「…………シナイデンは無い。ACTも第一段階で止まっている」
そう、いくら細胞情報が同じとは言え、自身の知るシゼン・オードと“同じ”訳ではない。となれば、今は最低限の動きしか出来ない――
ならば、破壊するには問題ない。空気が抜ける様な音共に、“鉄の卵”に繋がったプラグが抜ける。
フッ、と音が消えた様な踏込み――いや、【クライシス】へ向かう跳躍は、一瞬で開いていた距離を潰し、眼前に躍り出た。
「マジか!?」
シゼンはかなり開いていた距離から、ほぼ一歩で【クライシス】の眼前まで跳び上がってきた【フリーク】を見て、咄嗟に操縦桿を操作する。
しかし、機体は僅かに後ろへ退いただけで、敵の攻撃範囲から脱することは出来ない。その代わりに――
『ぬ……』
周囲に共に浮いていた岩石が、敵の行動を阻害した。停滞状態から、まるで吹き飛ばされた様に【フリーク】に飛来する。
このまま何とか着陸……と考えるが、いかんせん操作が普通のアステロイドとはかなり違うようだ。
「どうやって着地すんだ!?」
『降下します』
ファラが内部から行動用のOSを起動し、機体は真下へ降下する。
『現在判明している操作法を記載します』
眼に着けた小型画面に、ファラから情報が表示された。流れる様な機体制御の法則をシゼンは全て読み解いていく。
「オッケー。把握した」
脚を折り曲げて、脚部への負荷を最も軽減する着地。【クライシス】の着地に合わせて、浮いている岩石も事切れたように効果を失って落下した。
「使える武装は?」
『全て安全装置がかかっています。現段階で高空機関も停止』
すると、背後に着地する音。【クライシス】と背中合わせに、屈む様に足を折り曲げて【フリーク】が着地していた。
『――――』
「嫌な汗が出た!」
ニヒルに笑いながらも、シゼンの判断は早い。【クライシス】は彼の操作に従い、敵機をカメラ捉えるよりも早く、引き離す様に一目散に側面へ跳ぶ。と、
「は?」
跳んだ先の建物に激突した。一歩の跳躍は、シゼンの予想を大きく上回り一キロ以上は離れているビルに激突したのである。
「おいおい。色々と驚きだが、それよりも一番は――」
『背後から来ています』
その事実を実感するよりも、戦場はコンマの速度で動いていた。跳び、一キロ以上も距離を放したにも関わらず、【フリーク】は既にこちらを肉薄している。その背中から髪の毛の様に伸びるプラグを尾引き、右腕を突きだしてきていた。
「っ――」
不慣れな態勢から、片脚で跳躍した。突き出してきた敵の攻撃は空を切る。瞬間、目の前の光景がガラリと変わっていた。目の前にあった崩れたビルが消え、何も無い夜空が映っていた。
「これおかしいだろ!!」
と、言いつつも笑みが止まらない。こんな出鱈目な機体が存在しても良いのだろうか?
跳び上がった【クライシス】は、一度の跳躍で高々と夜空に身を晒していた。眼下には、こちらを追うように見上げる【フリーク】が拳程度の大きさに見える。そして、街全体の状況が見えた――
「ファラ、お前はこれから指示通りに動け!」
『内容によります』
シゼンはたった今思いついた、現状をひっくり返す手段をファラに伝える。ファラは無言で聞いていたが、時間も無い事と、用意するまで時間がかかる事を察し、
『わかりました。『鳴月』のOSを置いて行きます。対応は右腕部です』
「おう。後、オレが死んだらカナンの元に情報を持って戻れ」
そのシゼンの指示にはファラは何も返さなかった。そして、【クライシス】は地面へ着地する。
この機体に乗っていて驚いた事がいくつかある。
一つ目、高空機関。コイツの高空機関は、現存する最近のモノを大きく凌駕している。これだけでも、技術躍進となる代物だ。
二つ目、異常とも言える機体の靭帯構成である。この機体が、通常の機体に近い重量を要していると仮定しても、特に肥大化した部分や、特殊な装置は関節部には見受けられない。つまり、内部構造的に従来のアステロイドと大きく異なる設計が成されているのだろう。異常とも言える跳躍力は、拠点制圧などでは高空機関よりも有効に機能する。
三つ目、これが最大の特徴であり、最も異常とも言える性能だ。衝撃緩和性能が、おかしいのである。上記二つの性能から、ある程度は優れた衝撃緩和性能を持っていると思っていた。跳躍による激突と、着地による重力負荷。自ずと搭乗者に多大な負荷を強いる程の衝撃がコア内に襲うはずなのだが、どちらも何も衝撃は襲って来なかったのだ。
「敵勢技術の本気って奴か? それなら、なんとなく納得がいく」
実際対峙して少しだけ解った。【フリーク】の性能にも明らかに偏りがある。
規格外の兵装に、高熱装甲を持ち、アステロイドの旋回速度を凌駕する運動性。だが裏を返せば、直接的な攻撃には脆い、つまり奴は正面からの防御手段を通過してくる直接攻撃に弱いと言う事だ。
それに材料とメインプログラムさえ無事なら、大破しても一から再生できる『DEM』を搭載している以上、多くの質量を基準とするのは効率が悪い。
「それに、再生したてで、全ての装備は完全に再生しきっていないか」
そう、何を急いだのか、現在の【フリーク】には、登場時の高空機関と高熱装甲の発動が確認できないのだ。もし【クライシス】を敵と感じているのなら、最初から全力で相対するハズ。それでも、鹵獲したいと考えているなら話は違って来るが――
着地。当然、何も衝撃は感じない。外で機体の重量を現したような音だけがコアに響いた。
着地した【クライシス】を待ち構えていたように、【フリーク】は眼前に既に接近している。
「テメェは、速すぎるんだよ!」
最低限の四肢の動きは既に把握している。シゼンは更に跳躍。ただし、高く跳び上がるのではなく、後方へバックステップの要領で【フリーク】と距離を開ける。
しかし、
『同じ手が通用すると?』
跳び下がった際に伸びた左脚部を右腕部で掴まれてしまっていた。
直感からの悪寒がシゼンの身体を通る。その悪寒は紛れもない結果へと繋がった。
『分解』
【フリーク】の右腕部から、光が右脚部に流れ込んだと思ったら、次の瞬間、掴まれている脚部が“取り外された”。
「はぁ!?」
後ろへ跳び離れた勢いで距離は開いたが、敵の手には現実が握られている。
右脚部を失い、ガクンと片膝を着く。破壊して損失したのでもなければ、損傷して行動不能になったわけでもない。まるでプラモデルを外す様に、“取り外された”のだ。
コアのモニター表示では、右脚部の表示が黒く消滅している。
『――――』
既に眼前に追いついている【フリーク】は、シゼンが状況の認識に硬直している間に、左肩部にも触れた。同じように光が流れ込み、ガコッと音を立てて取り外れる。
『動くな』
オレンジ色に発光した指先を、左腕部と右脚部を失った【クライシス】へ、【フリーク】は向けた。
もはや、誰がどう見ても勝敗は完全に決していた。
『…………』
だが、いつまで経っても死の一撃は来ない。敵はこちらの胸部をいつでも貫ける態勢だ。
『提案がある』
と、【フリーク】からの外部音声にシゼンは反応した。意志疎通が取れるのは半信半疑だったが、本当だったらしい。
『その機体を含む、貴公が我々の陣営に加わってほしい』
それは勧誘だった。今までのあまりにも性能を引き出しきらない攻防は、もっとも低い確率である“鹵獲”の為だったのだろうか?
「断る」
しかし、シゼンは考える間もなくそう答える。
『はっきり言おう。このまま戦い続ければ、貴公の死は避けられない。それに解っている……別のプログラムが他へ増援に行ったことはな』
【フリーク】は全てを理解し、全てを解っていた。故に時間稼ぎに付き合うつもりもないらしい。
この状況をひっくり返すのは不可能だと、誰が見てもそう決断するだろう。故に、敵からの勧誘はたった一つの生存の道でもある。
それでも、シゼンは悲観や闘志を表情に浮かべるのではなく、彼が感じているのは、背後の複座に座る少女の意志――
「なら、再開してもいいか? 最後の殺し合いを――」
そして、久しぶりに魂を焼く殺し合いに、ただ笑みが浮かんでいた。




