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クライシス~白銀の空~  作者: 古河新後
第1部 白銀者の帰還
17/43

白銀者の帰還10

 ウォーターフォード駐屯基地より鳴り響くサイレンで、エイルとイノセントも“スカイホール”の出現に気が付いた。


 イノセントは【ヴルムII】で索敵した際に空に凄まじい密度のエネルギーをレーダーが捉えたことから、“スカイホール”が展開され、間もなく“アグレッサー”が現れると推測する。


 「エイル! お前は、ボスと連絡を取って【ノーン】に戻れ!」

 「イノセントさんは……どうするのですか?」

 「俺には【ヴルムIII】がある。出来る事をする」


 戦力は一機でも多い方が良いだろう。イノセントは駐屯軍と連絡を取って戦いに参加するつもりだった。


 「でも、武器は……」

 「一度、ウォーターフォードの基地に寄る。そこで予備の装備を貰うさ」

 「…………私も、後で駆けつけます」


 エイルは、自分にも乗れる機体がある事をイノセントへ告げる。

 タフリールが持参した機体はイノセントの【ヴルムII】だけだが、この都市には“グラウンドゼロ”の時に墜とされ、半年の間、停止し続ける機体が、一つある。


 更にエイルは、この地へ再び“アグレッサー”が現れた理由を薄々感じ取っていたのだ。


 「……【クライシス】を……彼らよりも先に動かさなくては……世界は彼らに勝てなくなります」





 スカイホールに、水に物を落した様に波紋が広がった。中心から発生した波は輪の端まで到達し、次に波紋の中心から黒い脚部が現れる。

 ゆっくりと、この世界へ入り込む様に現れた“アグレッサー”は、全身が漆黒の塗装をされた機体だった。今まで確認された“アグレッサー”の中で、該当する姿の無い固体で、初めて確認されたタイプである。


 『なるなど……沢山いるな。虫けら共が』


 その機体から発せられた声は、まるで嫌悪するかのような口調だった。

 漆黒の機体の武装は目視では目立った射撃武装が見当たらない。だが、まるで水の中に居るようにゆっくりと降下してくる様子は、人類の持つ高空機関技術には当てはまらない挙動だった。


 空中戦が可能であるだけでも警戒に値するのだが、特に右腕部は、機体全体の体躯そのものをアンバランスに知らしめる形状をしている腕である。


 異質。ただ、その場にいるだけで、アステロイドという兵器の枠では、明らかに上位に存在すると容易に想像できる漆黒の機体。迂闊に手を出す事は虎の尾を踏む行為となるかもしれない。


 都市ウォーターフォード、二度目のスカイホール出現時の敵固体数は1――


 なんの障害も無く、漆黒の機体は丁寧に着地。それと同時に、スカイホールはゆっくりと輪を狭めて行くと、完全に消失した。


 その時だった。漆黒の機体を覆うように巨大な網がかけられる。

 それは、アステロイド鎮圧用捕縛網。ネットランチャーと呼ばれるタイプで、腰に持ちながら平行に撃つことも可能な非殺傷兵器である。特殊な化学繊維を使用しており、強度はアステロイドの3倍以上の動力でも千切れ無い様に設計され、防刃性と腐食性に優れている。提供はサンクトゥスであり、被害を抑えての制圧戦では良く使われる武装だった。


 『捕えたぞ! このまま離すなよぉ!!』


 ネットランチャーを放ったのは二機の【ヴルムIII】。

 漆黒の機体が現れる前に、巡回していた【ヴルムIII】二機は先に現場に到着してていたが、部隊が揃うまで待機指示を受けていた。しかし、出現したアグレッサーが一機だったため、動きを封じる事を選んだのである。


 幸い、都市の治安維持用に装備していた非殺傷兵器のネットランチャーが役に立つ形となった。二機は網を重ねるように発射し、簡単には抜け出せない様に拘束する。


 『ライオット、ネットを巻きとるぞ! コイツに身動き一つさせるなよ!!』

 『オーライ、相棒♪』


 二機の【ヴルムIII】は銃身に飛び出す様に繋がっているネットを、巻き取る機構を作動する。ほどなくして、漆黒の機体は身動き一つ出来ない程に網に絡まり、捕らわれた。


 『隊長。アグレッサーを捕獲しました。これって昇進ものですかね?』


 ライオットは、間もなく到着する部隊に通信を入れる。

 謎の敵。謎の性能を持っていたとしても、こうもミノムシ状態になってしまえば何もできないだろう。


 『ライオット、ブルーノ。二人ともよくやった。だが、機体(ヤツ)は破壊する。人類に解析できない技術を持つのなら、確実に脅威は断つ』

 『了解』

 『了解です』


 既に駆けつける残りの機体のローラーの音も聞こえてくる。リンチのような形になるが、たった一機で戦えると思っていた、このアグレッサーがマヌケだったと言うだけの話だ。


 『わざわざ、サンクトゥスに連絡する必要はなかったな』

 『だな。おい、そこのアグレッサー! 俺達を嘗めるなよ!』


 二人は油断なく網を引っ張り、片時も目の前の漆黒の機体から眼を離さない。そして、敵の自爆の可能性も考慮し、出来るだけ距離も開けておく。


 『……虫けら共が……私に触るな――』


 その言葉は、その場の二人が世界で初めてだった。

 アグレッサーが今まで正体不明の敵だったのは、意志の疎通が出来なかったからである。破壊し、機能を停止しても全てが無人機であり、何故人類だけを殺すのかまるで解らなかったのだ。


 だが、この日、人類で初めてアグレッサーと会話をした二人は、その瞬間に機体ごと、コアを両断され、絶命していた。


 『虫けらの分際で、小賢しい真似をする』


 漆黒の機体の右腕部は全体がオレンジ色に発光していた。その指部の先からはオレンジ色のエネルギーが爪の様に現れ尖った形状を作っており、ソレが二機の【ヴルム】を通り抜けたのだ。


 チチッと、電気が弾けると、溶断されたライオットとブルーノの【ヴルムIII】は爆発した。二つの爆音が響き、閃光が辺りを照らす。


 漆黒の機体が右腕でネットを掴むと、剥す様に溶解させながら取り外す。その様を現地に到着した【ヴルムIII】小隊は確認して驚愕していた。





 イノセントは愛機【ヴルムIII】を港の倉庫から発進させた。

 道路を通り、避難している住人たちの横を通り過ぎる。敵として認識されない様に、タフリールの機体としての信号を出しながら、ウォーターフォードの基地に向かっていた。


 すると、スカイホールから一機の“アグレッサー”の反応を検知する。そして、ほどなくしてスカイホールは狭まり、消えた。


 「! 来たか。だが……一機だけだと?」


 エイルは、例え一機でも“アグレッサー”は危険であると言っていた。目視だが、敵は射撃武装を持ち合わせていない。妙に目立つ右腕部は気にするところだが、たった一機では、どれだけ優れた機体でも補給の関係でいずれ動かなくなるだろう。

 何がしたいのか解らない。しかし、エイルは深刻な様子で告げたのだ。


 【クライシス】が狙いかもしれない。と――


 その言葉に、前から彼女達が言っていた【クライシス】という機体は、それほどの価値があるものなのだろうか?


 「今考える事じゃないな」


 その後、エイルは【クライシス】の元へ向かうと言った。無論、イノセントはそれに強く反対する。少なからずとも、アグレッサーが現れる事でウォーターフォードは戦場になるからだ。

 戦闘適性がC(アステロイドの初期操作技術)しかない彼女では、機体(クライシス)に乗って離脱するよりも、このまま港でボスと連絡を取ってウォーターフォードから退避する方が、どう考えても安全だ。


 しかし、エイルは頑なに拒んだ。今、【クライシス】へ向かわなければ、最悪の事態になると。そして、その理由も話してくれなかった。


 「まったく……親の顔が見てみたいぜ――」


 他人に信頼してほしければ隠し事は良くないと、親から教わらなかったのだろうか? だが、エイルの行動は、どこか信頼できる信憑性を帯びているとも感じているのも事実だった。こちらは勘だが。


 結局イノセントは、【クライシス】を動かしたら、そのまま都市(ウォーターフォード)を出る約束をさせた。彼女は自分だけ脱出する事を躊躇っていたが、足手まといであると悟り頷いたので、単独行動を許したのだ。


 『止まれ! どこの部隊だ!?』


 イノセントの【ヴルムII】は基地に到着した。そして、ゲートの前で、防衛線を張っている装甲車の前で止まる。


 「タフリール所属のイノセント・ハーバーだ。市内でのアステロイド駆動許可はとっている。基地管制室に確認を取ってくれ。問題は無いハズだ」

 『解った。確認を取る。しばらく待機せよ』

 「急いでくれ。“アグレッサー”は一機だが、何をするか分からない。武装の提供を願いたい」


 その時、爆発音が基地まで響いた。方向は……“アグレッサー”が着地した地点である。

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