白銀者の帰還9
サンクトゥス本部、人型戦術兵器設計開発施設。
特殊なエレベーターを使い、その場所へ現れたエルサレムに作業をしていた技術者全員が、すれ違うたびに彼に会釈とあいさつを欠かさない。
「こんばんは、総帥」「お疲れ様です」「そろそろお休みになっては?」
誰もが、エルサレムを慕っており、父ないし、祖父の様に感じている。
この場に居る者達は、皆優れた技術者だ。しかし、誰もが最初からここで働ける技量を持った者達を選別したわけではない。
学ぶ意志がある者達。世間では注目されず、埋もれて行く才能を見つけ出し、エルサレムはこの場で開花させてあげたのだ。
本来、アステロイドの骨格基礎設計はエルサレムが考えるのだが、その他のデザインや機体性能は社員に任せている。一定の思考に縛られず、他が真似できないアステロイドが開発される理由は、そう言った作業精神からくる結果だった。
「どうかな? テラー君」
日付が変わる時間帯でも働いている多くの作業員と挨拶を交わしつつ、ある一室で機体の設計プログラムを見直している女に声をかけた。
タンクトップに作業服を腰に縛り付け眼鏡をかけた、整備員風の女である。二日寝ていない為眼の下の隈が、寝たい寝たい、と訴えているようだった。
彼女の名前はテラー・クリスタ。サンクトゥスのアステロイド開発の設計と整備を担当している整備員である。
「……エルさん。【バーニングヴェール】。あれは、ロマン。ロマンの塊」
寝言の様に虚ろな目で力なくそんな事を呟く。相当疲れているようだ。
「基礎骨格は【インゼル】の物を?」
現在の最新機にして、4世代アステロイドである【インゼル】は様々な汎用性にとんだ機体である。過去の図面から、今の技術者たちによって完成した新たな高空機関――TRジャナフを搭載し、1時間の連続浮遊が可能になっている。
更に背部に姿勢制御ユニットを装備する事で、宇宙空間のような戦いを重力下で展開する事が出来るのだ。
今までのアステロイドは、飛行と称しても滑空する事しか出来ず、飛び立つには滑走路と射出機が必要不可欠だった。
しかし、TRジャナフを装備した【インゼル】は、その場で浮き上がる事が可能であり、姿勢制御ユニットによって上下左右、加速、減速を可能としていた。慣性も乗る為、フライトユニットも同時に装備した際の長距離飛行の試験も行われている。
主に空中戦を想定した【インゼル】は、TRジャナフによって重装備でも浮かび上がる事が可能となった。内臓武器、追加装甲、高火力兵器、などと言った装備の運用が行えるのだ。
「セレグリッド君に合わせているからね。早く完成させなければ彼が不憫だ」
「セレさんは整備班泣かせ。毎回機体が損傷してる」
「仕方ないさ。彼の反応速度に追いつける機体は、この世界に存在して居なかったのだからね。【バーニングヴェール】を除いて」
【インゼル】の操作感覚を最大まで引き上げても、セレグリッドの操作技量にはまるで追いついていなかったのである。その所為で、関節が極端に磨耗し、一度の出撃で被弾していないにも関わらず、彼の機体は『セブンス』で最も損傷していたのだ。
「まだ、世界に【インゼル】は早いからね。少なくとも、ソレを容易く制圧できる機体が完成するまでは『セブンス』だけに配備するつもりだ」
圧倒的な高空性能を持ちつつ、積載容量も他のアステロイドと一線を画する【インゼル】は、使い様によっては“核”さえも搭載する事が可能だ。
もしも、そうなってしまえば、制空権を確保するだけでどこでも“核”が撃てる事になる。その為にも、確実に制圧できる抑止力が必要なのだ。
「それと、【クライシス】の進捗状況はどうかな?」
サンクトゥスの本来の目的であり、開発を優先で行わせている機体の名前をエルサレムは告げる。
「もし、エルさんの言う機体を造るとしたら、宇宙人と友達にならない限り無理。本当に、動いている【クライシス】を見たの?」
テラーは、まるで創作の様に組み上げられたエルサレムのレポート――『C計画』に眼を通している数少ない人間だった。
「信じられないと思うけどね。しかし、私としても当時はさほど機体知識はなかったこともある。唯一読み取れたのは、基礎骨格だけだった」
50年前に、現れた【クライシス】は圧倒的な性能を保持していた。まるで芸術品のような造形は、今でも鮮明に覚えている。だが、覚えているのはソレだけだ。
当時【クライシス】と接触したのは、エルサレムと彼の友である、もう一人だけだった。
そして、エルサレムと友は、【クライシス】をモデルに、初めてのアステロイドを完成させ、その後も改良し続けた。
全ては【クライシス】に近づける為であり、近年でようやく【インゼル】の基礎骨格が類似する様になったのである。しかし、それ以外の機体性能、武装の再現は、未だに不可能だった。
「造れなくはないけど、ハリボテになるよ? 兄も“イージスの盾”は現物を見ても無理だって。“ジャナフ”が完成したのは奇跡」
「そうか。いやはや、ロマンがあるだろ?」
「エルさんの“ロマン”はレベル高すぎ。祖父が居れば、どうにかなったかもだけど」
ジャナフの設計レポートは、テラーの祖父が残したモノだった。彼は、エルサレムの親友であり【クライシス】を調べ、武装に関するレポートを残した唯一の人間である。
と、クリスタの電子音が鳴る。味気のない、ピピピという着信音はエルサレムの物だ。
「ちょっと失礼するよ」
一度断ってから、エルサレムはクリスタに出る。連絡は、こちらに戻る最中のシギントから。そして、あまりの事態を報告された為、思わず声を張り上げた。
「馬鹿な!! アグレッサーの出現条件に例外は無かったハズだ!! 奴らが今の都市を攻撃する意味は――」
そこまで言葉を出して、数分前にシギントからの報告を思いだした。
まさか……狙いは――【クライシス】か?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
白銀の輪。まるで空に穴が開いたように、ソレは深夜のウォーターフォードを白銀色に淡く照らし出す。
神秘的ながらも、人類にとって最大級の危険信号でもある現象の名前は“スカイホール”と呼ばれる現象だった。場所は大河と陸地の境に展開されている。
『総員出撃! ウォーターフォード駐屯軍は【ヴルムIII】にて出撃せよ! 対象は“アグレッサー”。スカイホールの推定直径は約30メートル。予測出現個体数1~10!! 他の隊員はスカイホール周辺の市民の避難誘導へ出動せよ!!』
ウェーターフォードの軍事基地では、都市全体に届くほどのサイレンと共に、その様な放送が響いていた。
待機していた駐屯軍のアステロイド【ヴルムIII】は二世代アステロイド【ヴルム】の改良発展機である。
バイザー型のソリッドカメラに、標準的な灰色の装甲。対地戦用アステロイドの集大成として造られた機体であり、その骨格は【ガラン】と呼ばれる世界最初のアステロイドの物が使われている。
サンクトゥスが提供する地戦アステロイドの最新機が【ヴルム】タイプであり、受け取った機体を使用する組織、国で独自に改良して運用している。
ウォーターフォード駐屯基地の隊員が使用する【ヴルムIII】は、ロードローラーと機体の積載容量を考えられており、脚部は増設され肥大な外見をしていた。隊長機には一本角が設けられ、通信処理は他の【ヴルムIII】よりも高性能に造られている。
「いいか? 総員よく聞け。俺達でも戦れる! 毎回の様に『セブンス』に助けてもらうわけにはいかない! “アグレッサー”にとって、『セブンス』だけが脅威では無い事を、この戦いで奴らに叩き込んでやるぞ!」
『イエッサー!!』
部隊隊長であるカルメラ中佐は、スカイホールの真下へ【ヴルムIII】を走らせる。その後ろに4機の【ヴルムIII】が続く。瓦礫の撤去された道を進み、避難する住人たちは別のルートで歩兵の隊員が誘導していた。
自分達、アステロイド小隊の役目は、出現する“アグレッサー”の撃破だ。他の都市とサンクトゥスには応援要請を出したが、距離的にも間に合う可能性を皆無と言っても良いだろう。
今まで“アグレッサー”と戦って来たサンクトゥスが言うには、奴らは人間だけを選別して攻撃している。動物や植物は攻撃対象外であるらしく、人類を殺す為だけにスカイホールから現れるのだ。
故に必然と、こちら蹂躙できる技術を保有している。回収した“アグレッサー”の機体を解析しようとしても、材質と駆動系などの構造は、こちらと殆ど大差がない。
特殊なOSが使われているとも考えられたが、機能を停止した時点でOSは消去されるらしく、身動きを封じられたときには自爆するなど、“アグレッサー”の特有技術は流用できなかった。
「だが、コイツがあれば何とかなる」
カルメラ中佐の【ヴルムIII】には、サンクトゥスから上層部へ提供された試作武装――六連銃身連射機を回されていたのだ。
この武装は、秒間25発の対甲弾丸を発射し、反動も極端に低く銃身もぶれ難い。
最新の連射性能をつぎ込んでおり、移動しながらの弾幕の展開を想定して造られた武装である。




