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クライシス~白銀の空~  作者: 古河新後
第1部 白銀者の帰還
14/43

白銀者の帰還7

 「…………」


 ウォーターフォードの南部に存在するコンテナ港にエイルは居た。

 後ろには、自分たち組織『タフリール』が借り入れている倉庫があり、その中には明日に街に支給する食料や医療具と言った、物資が収められている。


 戦地復興組織『タフリール』。

 かの組織は、世界各地で起こっていた戦争跡地への不足物資の搬入や修繕作業など、復興の手伝いを主な活動としている国際的な機関である。

 各国の有力者の身内が参加している組織でもあり、資金提供は世界各国の国際機関や企業が工面している。無論『サンクトゥス』もその内の一つ。彼らの活動を出来る限り支援しているのだ。


 傷ついた土地や人々を助ける慈善団体のような組織だが、時には停戦中の地域にも支援に出向く事もあり、一定の戦力も要している。


 今や“アグレッサー”によって、世界中が傷ついており、近年において『タフリール』の活動は重要視されていた。

 “グラウンドゼロ”の直接的な被害を受けた、ウォーターフォードには長い時間による復興と、物資が必要だったのである。

 世界でも一番大きな破壊を受けただけに、近日中にも多くの『タフリール』の人員が投入される予定だった。現在の瓦礫撤去の【クランク】チームも、引継ぎとして『タフリール』の者達が操作する手筈になっている。


 「まだ起きてたのか。早く寝ろ」

 「……はい」


 イノセントは倉庫の隅で本を読んでいたエイルへ注意する。彼女たちの正式な任務は、物資をこの倉庫に届ける事だった。

 本を小脇に挟んで、借り宿の就寝所としているコンテナへ向かう彼女にイノセントは尋ねる。


 「……エイル。お前は何故、奴を頑なに信じられるんだ?」


 あの『白銀の狂児』――シゼン・オードを、身を挺してでも彼女は護ろうとした。元々、この地に居る彼に接触すると決めたのもエイルである。

 もしも、彼の事を知っていて決定的に信頼できる要素があったとしても、あの壊れ様を見れば、まともな人間でないと気づかないハズはないのだ。


 しかし、そんな一面を見てもエイルは身を挺した。よほどの事があるのだろう。それだけ信頼できるほどの要因が。


 「ごめんなさい……今は……まだ話せません……」

 「そうか。別にいいさ。お前とフリューには命を救われたからな。ボスも全面的に協力しろって言ってる」


 彼女には自分どころかチーム全体が助けられたのだ。そんな彼女たちに手を貸す事にも納得しているし、個人的にも色々と力になってあげたいのは本心である。


 「だが、秘匿主義は良い顔をしない奴も多い。誰かに協力を求める時は気をつけろよ?」

 「……気をつけます……」


 そして、イノセントは倉庫内で作業用に持参した愛機のコックピットモジュール――通称“コア”へ慣れた様子で登る。


 “コア”はアステロイドを操作する上での頭脳の役割を果たしており、コックピットとしての機能も持っている。座席は一つだが、複座も収納されている為、二人乗りも可能である。


 「オレは機体で周囲を監視しながら寝る。お前はコンテナで寝るといい」

 「はい……ありがとうございます」


 倉庫内には二人だけ。“コア”を閉じて機体を『待機』から『索敵』に切り替えると、背もたれを少し倒し、アイマスクをつけ、イノセントも床に就いた。





 「凄く魅力的な誘いなんだけど……少し考えさせてもらってもいい? 流石に即断はできないからさ」


 そう答えると彼女――エイル・S・オードは丁寧に礼をして、“明日、また尋ねます”と言い残し、おっさんと去って行った。おっさんは最後までオレに隙を見せなかったのは流石と言える。


 「…………やれやれ。まだ、小さかったから……なんて言い訳は聞かないよな」


 シゼンは仮設宿舎の一室の布団で仰向けになりながら、イノセントの言葉を思い出していた。


 『白銀の狂児』。久しぶりに聞いた……もう20年も前か――



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 人形起動兵器開発企業サンクトゥス。

 今や、世界中で求められている人形起動兵器(アステロイド)を製造、開発している企業である。


 基本的な資本は、『アステロイド』の開発と技術指導を行った国々から一年ごとに一定額を収集しており、その金額次第では新型の開発や要望を叶えた機体などを開発し提供している。


 その契約の第一の条件として、自社で開発したアステロイドのシステムと機能、設計図に至るまで全て情報を共有するという事だった。それさえ呑めば、どのような下請けの会社とも契約を結び、多くの技術を提供している。


 社員の数は約10万人。技術提供国は280ヶ国に及び、全世界に支社を27つ持つ。そして、独自の私兵部隊も存在する事から、世界で最も敵に回すべきではない組織として、表と裏で認識されていた。


 「…………やれやれ。話には聞いていたけれど……時間がかかりそうだ」


 その10万人の頂点に立つ『サンクトゥス』の総帥は、深夜の自信のオフィスのデスクに在るPCにて、メールで送られてきた内容と手渡された資料を見合わせて一言つぶやいた。


 彫の深い顔立ちに、顔の至る所に皺が走っている。瞳を閉じているように細い目つきは、相手に委縮させるような印象は決して与えず、全てを平等に見ている様子から父性を感じさせるもの纏っていた。


 エルサレム・ソロモン。それがPCと手元の資料を見る老人の名前であり、今や世界的に成長した『サンクトゥス』の総帥である。


 「――私だ」


 ふと、内線からの通信が入り、デスクの手の届くところにある端末を取ると、スピーカーで会話を始める。


 『シギント様から連絡です』

 「繋いでくれ」


 通信を中継するナビの音声が響く。そして、一秒ほどして別の女声が聞こえた。


 『シギント・アーリアルです。現在、『スタッグリフォード』にて“アグレッサー”の駐屯を確認。直ちに【アドミラル=ゼロ】の移送をお願いします』

 「うむ。こちらから輸送機を飛ばそう。そっちは激戦かな?」

 『はい。『セブンス』の司令、“セイバー3”が戦場入りしましたが、やはりこちらに“シルバー”を配属させるべきでした』

 「手が足りないのは仕方ない。『ナイトメア』も『フォルス』も別件で動いているからね。本来は『セブンス』も表沙汰にするつもりは無かったのだけど」


 『セブンス』も本来なら秘密裏に動く事を考えた少数精鋭である。

 様々な状況に応じた戦闘を展開し、更に各員に合わせた適性専用機にて、その戦闘力は足し算では無く掛け算で跳ね上がっているのだ。


 『ですが英断です。『セブンス』が表に出た事で、他の部隊が動きやすくなりました』

 「けれど、『セブンス』の多忙を見れば同情を禁じ得ないよ」


 まるで『グラウンドゼロ』が引き金だったのか、世界各地で『スカイホール』が確認されている。同時に出現する事や、出現したままである事など、今までは考えられなかった変化だ。


 「【クライシス】【バーニングヴェール】【アイオーン】【エイクシル】。これらの開発を最優先に完成させなければな。特にセレグリッド君から送られてきたデータは素晴らしかった」

 『そちらも調べますか? 考案した技術者が何者なのかを――』

 「いや、セレグリッド君の判断は少なくとも間違いではない。任せても問題ないよ。それに、彼は“使える機体”がようやく見つかったのだからね」


 エルサレムは息子を思い出すような優しい笑みを浮かべた。


 『では、日中に送りしました報告は拝見いたしましたでしょうか?』

 「見たよ。よくやってくれた。明日一番に回収ヘリを回すつもりだ。この件は他の者には漏らしていないね?」

 『はい。現地にも警備の者をつけて他の干渉が無い様にしてあります』

 「ウォーターフォードの市長と基地司令には、破損した機体の回収と言ってあるからね。私が直接出向いて姿を確認するよ」

 『エルサレム様が、そこまでする必要は無いのでは? 私が代わりに行きます』

 「君は少し休みなさい。二日は眠らず行動しているだろう?」

 『三日です。ですが、問題ありません。許容範囲ですので』

 「ダメだ。一日有給を取りなさい。手続きは私がやっておく」

 『……命令ですか?』

 「頼みだよ。君が行動できなくなると、サンクトゥスは色々と回らなくなる」

 『わかりました。今の責務を全て片付けた後に休暇を取りましょう』

 「ああ。よろしく頼むよ。報告は以上かな? 私は別件がある」

 『以上です。失礼します』


 部下からの報告を聞き、色々と整理することはあるが、今は開発中の機体の進行状況を直に確認するスケジュールだ。

 エルサレムはPCにロックをかけて、上着を羽織るとオフィスを後にする。

 彼のデスクに後で見るように残したデータと資料には、ある二人の人間の生い立ちが書かれていた。


 『“死”を克服するための生物兵器』と書かれた資料だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 『“死”を克服した生物兵器』手記

 記述者――ラインリバレッジ、サナシ地区研究拠点ドットマーク室長。


 此度、私ドットマーク・リノートは、近い時に我が国――ラインリバレッジは劣勢となると本国より伝令を受け、今までの研究を一時中断し、最強の兵士を生み出す事に着手する。


 単純に言うなれば『“死”を克服した兵士』である。


 一般的な常識で考えれば、それは“不老不死”という俗語であり、誰もが夢物語だと笑い散らす理想だ。

 無論、私もそのような理想に縋るつもりはない。私が求めるのは『“死”を克服した兵士』であり、不死ではない。


 実験は“精神”と“肉体”の二つの概念に分けて行う。


 被験者は多く集まったが、誰もが第一実験段階に絶えられず、実験開始の半年で精神崩壊や暴走状態になり処分するしかなかった。

 そして、それらの半年の実験から、ある結論に至る。

 多くの被験者は成人した固体であった事から、既に心身が完成された固体では強烈な自らの変化には耐えられないと仮定した。


 そこで、被験者を幼い個体へと変更する。しかし、幼すぎれば時間がかかりすぎる事もあり、自我の芽生えて間もない、3歳から5歳の間で様子を見る事にした。

 数日後、手配していた個体を軍が獲得し、こちらに移送してくれた。固体の年齢は3歳の男子と女子。しかも双子である。


 双子は遺伝子的に最も近い肉親である事からも、それぞれの実験による結果は後に大きな貢献と時間の短縮をもたらしてくれるだろう。


 男子の固体――兄の方には“精神”の実験を施し、女子の固体――妹の方には“肉体”の実験を施した。


 これは、男よりも女の方は“免疫寛容”を起こすという結論から、“肉体”の実験に選んだのである。成功すれば後に男性でも実験をするつもりだ。


 実験を開始して2年になる。兄妹は自国へ多くの貢献をもたらし、実験の結果も後に生かすことが出来る実用的なラインまで完成した。


 その代償として兄妹は敵国から、『白銀の狂児』と『銀色の悪魔』と呼ばれている様だが、そんなモノはいずれ霞むほどの結果が世界にもたらされる。


 『“死”を克服した兵士』の誕生は、間近に迫っているのだ。





 この手記が途絶えた数日後。『セントラル』のアステロイド部隊と『フォルス』の強襲によって施設は制圧され、研究資料は闇へと消えた。

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