ライジング・ハンド
都会の真ん中に、ガラス張りの豪華なビルがあった。ビルの名はブラック・サン。国内大手の消費者金融会社のビルだ。最上階の社長室に老人が座っていた。高価なスーツを着ているが瞳は寂しそうに潤んでいた。
「黒原様、入ります。」
部屋の扉が開く。黒いスーツに身を包んだ男が手を縛られた男を引きずってきた。
「おお、おお。待っていたぞ。息子よ。」
黒原は引きずられて来た男に近付いた。男は老人に唾を吐きかけた。
「あんたに、息子と呼ばれる覚えはない。」
黒原は唾を袖で拭き、ネクタイについているボタンを押した。連れられてきた男の体に電流が走る。男は黒原を睨みながら苦痛に顔を歪めた。
「そろそろ、この電流にも慣れた頃だと思うが・・・。どうだね、隼人」
黒原は椅子に戻り、隼人と呼ばれた男を見つめた。
「お前に頼みたい事がある」
黒原は袖から写真を取り出した。
「殺し屋エリー、私はこの女を私の女にしたい。捕まえてきてほしい。」
「けっ、そんなこと、ご自慢の部下共にやらせればいいじゃないか。」
隼人は、嫌みたっぷりに言った。髪はまだ電気を帯びてバチバチいっている。黒原はかまわず続けた。
「エリーはライバルのコンピューター会社、菩提樹に雇われているらしい。おそらく本店にいるだろう」
「・・・この依頼、断ったら?」
「悪いが、これは依頼じゃなくて命令だ」
黒原は頷いた。
「これができるのはお前しかいない。手に触った人間の意識を三十秒間操ることのできる機械、ライジング ハンドを持つお前だ」
「・・・これが済んだら、俺を自由にしてほしい」
黒原は隼人の目をしばらく見つめた。
「うむ、よかろう。エリーは最強だ。エリーがいれば、お前はいなくていい」
隼人はブラック・サンビルの裏口から、人目につかないように出た。そして、町に消えていく。
「よろしいのですか?鎖を離して」
隼人が出て行った後、黒原の側近、夜宮が先程の部屋の窓から隼人を見て言った。
「かまわん。奴のピアスに付けられたGPSと盗聴器から、行動は筒抜けだ。それに、こちらには電撃ボタンもある。妙な行動を取れば、苦しむのは向こうだ。犬は結局ボスには逆らえないものさ。永遠にな」
「と、すると、自由にする約束は?」
「犬との約束など、守る価値もないわい」
黒原は笑いながら葉巻に火をつけた。煙が天井へ上っていく。
「あいつは、頭もいい。行動力もある。ワシの種の中では最も優秀だ。私に忠実であれば、愛人の子とはいえ、取り立ててやったのに・・・」
町の中心街を歩いていた隼人は手で携帯型コンピューターを操作していた。
(菩提樹・・・コンピューター会社の最大手。世界のシュアの五十%を担う。その技術力の高さから本店の場所は公開されていない・・か)
「思ったより厄介だな。あのジジイ、手がかりはエリーの写真しか渡さなかった。・・にしても、やり手の殺し屋の写真を手に入れただけでも、ジジイにしては上出来か」
隼人は写真をチラ見する。そこには、隼人より2,3歳若い眼鏡をかけたロングヘアの女が写っていた。
「ロリコンは年々重症化してやがる」
隼人はパソコンに写真をスキャンした。ピーピーと音がした。
「ヒットなし。殺し屋なら当たり前か・・」
隼人はあるビルの前で立ち止まった。ビルには菩提樹中央支店と書いてある。隼人は中に入っていった。
中は沢山の人が行き来していた。まず隼人は受付をチラリと見た。
(だめだ、あのパソコンじゃ内部の情報量はたかが知れている)
ふと見ると年配の男が歩いていた。身なりからしてかなりの上役だろう。隼人は近付いて手に触れた。男はにこやかに笑い隼人と共にビルを出てパソコンを隼人に渡した。隼人もにこやかにそれを受け取った。
年配の男とは手を振って別れた後、人気のない所で隼人はそのパソコンを開いた。
「ふん。パスワードは指紋か・・・。最新式だが、このパソコン自体に指紋が付いているから、意味ないな」
隼人は自分の携帯型パソコンで、先程の男の指紋をスキャンし、パスワードに写した。
「さて、菩提樹の本店は・・・と」
画面は思いもよらぬ場所を写した。
一時間後、隼人はスラム街にいた。周りの浮浪者が隼人をジロジロみていた。隼人は中の一人に声をかけた。
「ここに、仏さんが埋まっているって聞いたんだが・・・」
浮浪者は隼人を上から下まで舐めるように見た。
「ここでは、毎日誰か死んでいるからな。」
隼人は男に金を渡した。
「これで供養できるかい?」
「ああ、あそこの緑の屋根の小屋でできるよ」
浮浪者はニヤつきながら言った。
隼人が中に入ると、そこは暗くひんやりとした場所だった。四人の男達が地べたに座りながら、サイコロを転がしている。中の一人が隼人に近づいてきた。
(こいつがチェッカーか。さっきのパソコンから、俺自身を新しく派遣されたエンジニアとして登録してあるけど・・・通じるのだろうか・・・)
「あんた、サイコロをやるかい?」
(合い言葉・・・か。面倒だな。そこまでは分からん)
隼人は奥にいる敵の人数を数えた。
(他三人。腕っぷしは良さそうだが、頭は悪そうだ)
隼人はサイコロを取る振りをして、男の手に触れた。サイコロを持っていた男が振り向く。
「こいつ、ここに爆弾仕掛けやがった。早く下の奴らに知らせろ。」
「なんだと!」
他、三人の内一人は急いで敷物の下のスイッチを押し、隠し扉を開けて地下階段をおりていった
(こいつを自由にできるのは、後二十秒。二対二ならなんとかなる。)
隼人とサイコロの男は、地下階段をのぞき込んでいる二人に飛びかかり、気絶させた。そして、隼人はサイコロの男にも正気に戻る間際、急所を叩いた。
「スラムの地下に会社。うまい所に隠したな」
隼人は階段を下りて、通路に出ると、エレベーターを探す。道路上には会社の地図があった。それを見ていると、後ろから誰かに銃をついつけられた。隼人が手を挙げてゆっくり振り向くと女がいた。
「まったく、気がつかなかった。エリーか?」
エリーは薄く笑っていた。
「会社内に入るなんてすごいじゃない。ここでゴタゴタを起こしたくないの。私の部屋に行かない?」
「あー、そうだね。本拠地で戦争を起こしたくない気持ちも、秘密を知った俺が外で逃げてほしくない気持ちも分かる。そして、俺がここにいる理由を知りたい気持ちもね」
「話が早いわ」
エリーは眼鏡をクイと持ち上げて隼人に向けて銃を発砲した。弾は隼人のピアスをはじき飛ばした。ピアスは粉粉にくだけで、中の盗聴器はピーと言ってとまった。
「この眼鏡、GPSとか盗聴器に反応するの。これで、仲間との連絡が取れなくなったわ。あと、手を見せて。」
隼人は驚いたように目を開いた後、クククと笑った。
三時間後。一台の高級車が黒原のいるブラック・ビルの前に停まった。中から出てきたのは、手錠をかけられたエリーを連れている隼人だった。警備員が近寄ると隼人はうるさそうに手を振った。
「親父のところに案内しろ。エリーを渡しに来たとな。」
警備員が中に通すと、二人は最上階行きのエレベーターに乗った。
最上階の部屋の前では夜宮が二人を止めた。
「俺だ。隼人だよ。そこどけ」
隼人が前に出る。
「隼人様はここまでで、エリー様だけどうぞ。ボスの命令です」
隼人は銃をエリーに向けた。
「俺も一緒だ。でなければ、こいつを殺す」
部屋の中から黒原の声がした。
「よかろう。隼人も入ってきなさい」
夜宮はゆっくり部屋の扉を開けた。隼人は警戒しながら、ゆっくり進んだ。部屋の奥では黒原が椅子に軽くもたれながら待ち構えていた。隼人は黒原を睨んだ。
「連れてきたぜ、俺を解放してほしい。その電撃用ボタンを渡せ」
「フフフ。これか?」
黒腹はネクタイピンのようなボタンを隼人に突きつけた。
「そうだ。それを壊す。」
「エリーとその銃を渡せ。そうしたら、交換してやる。」
黒原がニヤリとした。
「銃が怖いのか?素直にボタンをくれれば撃ちはしない。ボタンの交換はエリーと同時だ。お前がボタンを渡すまで、エリーを銃で狙っているぞ。・・・エリー、行け」
隼人がエリーを離すと、エリーはゆっくり歩いて黒原の側に行った。黒原はエリーの肩を抱き、ボタンをいじった。
「その銃もだ」
「いやだね、約束が違う。ボタンはこちらに渡せ。」
黒原が目で夜宮に合図を送ると、夜宮は隼人に銃を向けた。隼人はすぐにクルリと後ろを向き、夜宮を撃った。黒原の顔が変わった。
「立場が分からないようだな」
黒原が勢いよくボタンを押す。隼人が薄笑いを浮かべた。電撃を喰らったのは黒原の方だ。
「なっ何故だ」
倒れる黒原の目に映ったのは、隼人の手にあったはずのライジング・ハンドを持っているエリーだった。
話は三時間前にもどる。GPS付きの盗聴器を銃で壊された隼人は嬉しいのを堪えるように笑った。
「いやー、どこかに盗聴器とかついているだろう、と思っていたけど・・・壊してくれてよかった。ついでに手の機械も壊してくれない?俺に押しつけられた武器なんだけど、たまに電撃が流れて、うざいんだよね。」
隼人は両手を広げてライジング ハンドを差し出した。
「どうゆうこと?」
エリーはいぶかしげに隼人を見た。
「つまり、俺は敵じゃなくなった。今、あんたが盗聴器をぶっ壊してくれたおかげでね。」
エリーは、チラと、隼人の手を見た。
「これ、黒原が自慢していた機械よね。手のひらに食い込んでいて、壊したらあんたの手も使い物にならなくなるわよ」
「うまく取れないのか?」
「取ってあげてもいいけど、条件がある。これ、私にちょうだい」
隼人はあきれた様に笑った。
「構わないけど、電撃がくるぜ。」
「ちょっと改造すれば、電撃の向きも外に変えられる。そうすれば装備者に電撃がくることもないわ。それに、黒原から電撃スイッチを取るのも協力してほしいな」
「喜んで」
そして現在、倒れた黒原はエリーに見下されたまま、動けないでいた。
「あらあら、つぶれた中高年程みっともないものはないわね。」
エリーは自分で手錠を外し黒原のネクタイのボタンを引きちぎった。
「私が貴方の女になると思って?頭も体も働かない年取ったデブと?悪いけど、貴方は死んでもらうわ。菩提樹のじゃまになりそうですものね。私が殺しても構わないんだけど・・・。隼人、殺したくない?」
エリーは隼人をチラッと見た。隼人は倒れた夜宮の持っていた銃を投げた。
「俺はそんな奴の為に殺人者になるのはごめんだ。それに、すぐ、部下達が来るぜ、逃げるなら今だ」
「分かっているわよ」
エリーは黒原に銃を握らせ、手に触れてニッコリした。
「さあ、黒豚ちゃん、三十秒間逃げる猶予をちょうだいね」