市井の現実
この世には様々種族が存在する。
いずれの種族もそれぞれの特徴があり文化があり、
そこには貴賤は存在しえない。
ただ存在するのは、区別だけである。
そう、私は思っていたし、
事実私の領地ではそうであった。
しかし、悲しいことに現実はそうではない。
長い歴史の中で構築された、種族間の差別を、私はこの道中で感じたのである。
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僕の住んでいるフレンク帝国では12歳を超えた貴族の子弟は一度王都の王立初等学院に行く義務がある。
この初等学院生活の中で、客観的な視点で文官・武官の適性が見極められ、その後の身の振り方が決まる。
出立から次の日、僕とガイウスさんは隣県との関所に到達した。
この年まで自県から出たことがなかったことから、検問を通るまでの待ち時間に、初めての県外に思いを馳せながら忙しなく周りを見ていた。検問まであと少しの所で、突然ガイウスさんが普段嫌っているフードを被った。どうしたのと尋ねると、ガイウスさんは困った顔をしながら、県外はちょっと肌寒いのでフードを被るようにしてるんですよと言っていた。僕がその意味を知るのは関を抜けて町に着いた時だった。
そこは、うちの県とまるで違う様相をしていた。
町の外壁の外にボロボロのテントが乱立しており、顔のやせ細った人たちがわずかばかりの火を囲んでいるのだ。
「ガイウス、この人たちは一体・・・。」
「盗賊に住む村を滅ぼされたか、税金を納められずに村を捨ててきた人達じゃないですかねえ。」
「それはわかるが・・・。なぜこの人たちは行政の援助を受けられない。うちでは、開拓地の斡旋や、当面の生活費の援助があるじゃないか。」
「坊ちゃん、うちの県を基準に考えちゃいけねえですよ。うちが以上で、むしろこれがこの国の普通です。そもそも基本の税は六公四民、うちの逆です。そんでもって多額の税を受け取る騎士たちは自分たちが遊ぶので忙しく、碌に盗賊の取り締まりなんかしませんよ。そんでもって金がなくなったら即増税って感じですわ。」
「なんだそれは・・・。それでは父に掛け合ってうちの県で・。」
「坊ちゃん、それは出来ませんぜ。うちの県は元々枯れた土地柄で農地が多くありやしません。当代の苦労もあって、今の民たちは十分な暮らしをしていますが、突然人数が増えたら対応なんて出来やしません。それに・・・。」
そういってガイウスは町の一角を悲しそうな眼で見つめた。
その一角には、自身の倫理観では到底受け入れられない光景が広がっていた。
そこには、壁と鎖で繋がれた獣人たちが立たされていたのだ。
目の前の光景に唖然としている私に、ガイウスさんは言葉を続けた。
「うちの県外じゃあ、獣人は奴隷扱いでさあ。坊ちゃんやうちの人たちは俺達のことを同じ目線で見てくれますが、外ではこれが当たり前。だからこそ、ねっ」
そういってガイウスさんは自分のフードを引っ張った。
これ以上、僕たちは何も会話せずに町を出て目的地へと歩みを速めた。
決して自分は清廉潔白な方ではないが、これ以上この地に留まるのを感情が許さなかった。
上手く言葉にできない思いを胸に、可能な限り近い将来、うちの県の光景が国中に広がるよう努力しようと僕は心に誓い、馬の腹を蹴った。