旅立ち
「あい、わかった。それでは近こう寄れ」
そう言って持国天様は御手を私の方に向けた。
腰を上げ、ゆっくりとその手の目の前に歩みを進めた。
自身の体と触れ合う距離に近づくと、下から風が吹き荒れ全身が青白く光り輝いた。
「これでよし。今よりお主の転生の儀が始まった。一刻の後にお主は新たな生を受けることとなる。また、しばしの別れじゃな。次はなるべく戦ではなく床の上で死ぬようにな。」
そう言って持国天様は無邪気な笑顔向けられた。
そういえば、床の上で死ぬことなど一瞬も考えたことがなかったかもしれない。
武人として育てられた私は、幼少期から常駐戦場の心構えを常に説かれきたこともあり、
想像ができない。
必死に想像しようと難しい顔をしている私に、苦笑いをしながら持国天様が助け舟を出された。
「ちなみに余談ではあるが、お主は来世での自身の生への望みはあるかの。」
望み、その言葉を聞くと、前世の思いが一度は整理した心の中からあふれてくる。
思いを同じくした家臣・同志たちと、また最期こそ道を違えてしまったがこの身を捧げた主君と目指し、そして志半ばで倒れた望みを。
「お主も頑固よのう。それは前世で懲りただろうに。儂としては、お主には少し安穏とした日々を送ってほしいのだがのう。」
考えていることが顔に出ていたのだろうか。
そう言って、持国天様は眉間にしわを寄せた。
「人には誰しも欲がある。その中には他者より豊かになりたいという思いがある。自らの努力でこれを成すならば良いが、悲しいことに、力をもって他者からの簒奪によって叶えようという者もいる。残念ながら、このように考えるものの方が多のが現実じゃ。そのことはお主も前世で痛いほど身に染みているであろう。その結果、格差が生まれ、最悪の場合には差別につながるのだ。この流れは、人が欲を捨てない限り変えようがない。」
そういって持国天様は上を見上げる。
天井が消え、そこに星空が広がった。
星空を見上げながら、悲しそうな表情を浮かべたまま、私に向かい話を続ける
「上を見上げて見える星の数だけ世界はあるが、その中で人が皆平等な世界は一つもない。一つもだよ。それを心に留めておいてほしい。」
その顔を見つめながら、私は頷いた。
私の頷きを確認した持国天様は僅かながら微笑みを浮かべて、私の額を指でつついた。
一瞬眩暈ながらも態勢を維持した私は、その動作の理由を問おうと口を開こう瞬間
、全身を包んでいた光が一層と強くなり、意識がもうろうとし始めた。
「それでは時間じゃ。良き来世を。」
薄れゆく意識の中で、最後の言葉を聞いた私は意識を失った。