死後の世界-2
「何を突っ立っておる。そこにでも腰かけい」
創造もしていなかった人物を目の前にし、唖然として微動だにしない私を見て、
持国天様は笑いながらこうおっしゃった。
「し、失礼いたしました。」
言葉をかけられ、私はすぐさま臣下の礼をとる。
いや、少し違うな。自身が崇めていた神仏に対し、一時でも頭が高かった自分を恥じながら、
額を床にこすりつけるように土下座をしたのだった。
「おまえ。儂の声が聞こえんかったのか。座れといったのだ、座れと。
おぬしのそれは土下座ではないか。」
そういって、持国天様は大きな声で笑われていた。
会ってみると気さくな方だ。
案外神族の皆さまはこうも想像と違いこうも人間臭いのかもしれない。
私は自分の中の緊張が少しほぐれたのを感じながら、土下座を止め、足を組み直した。
「うむ。それでよい。主は儂の加護を持つ、いわば息子のようなもの。堅苦しくせんでもよい。
むしろもっと近う寄れ。とりあえず酒でも飲もうではないか。」
「ではお言葉に甘えて。」
私は持国天様から酒の入った杯を受け取とった。
「それでは乾杯をするか。乾杯の音頭は・・・うむ、浮世と幽世の間へようこそ、じゃな。」
乾杯の音頭で予想してた事実を確認し、心の中で苦笑いしながら、
私は杯を乾かした。喉を冷たい清酒が通るのを感じる。
懐かしい味がする。そう、懐かしい味。戦前に戦友と必ず飲んでいた清酒の味。
主と交わした杯の味。
「ほう、一人生終えた後の一杯は泣くほどにうまいか。」
頬を伝う涙を感じる。嗚咽が抑えられない。
一杯の杯が、私に現世での生き様をを思い出させて来る。
剣に出会い、思いを同じくする主君に剣を捧げ、理想を求め戦い続けた。
多くの命を奪いながらも、その先の未来で何十倍もの命を救えると信じ戦い抜いた末
、何も掴めなかった人生。
いや、掴めなっただけならまだいい。
それ以上に、最初から掴めていたものさえ、取りこぼした人生を思い出す。
「いや・・・、死ぬほど・・・、不味いです・・・。」
その味は、現世で好んでいた酒の味は、生を終えた私にとって受け入れられるものではなかった。
これが私の人生の結末かと、結局、私は多くの命をただ奪うだけの人生を送ったのだと思うと、
果てしない悲しみの渦に巻き込まれる。
しばらくの間、顔を沈め、静かに泣き続ける私はふと肩に手を添えられるのを感じた。
「後悔なくして、生を終えるものはほとんどいない。特にお主の過ごしたような戦乱の世では早く逝くものが多い分にな。だからこそ、人は思いを残された者に託す。そうやって思いを託すことで人は未来を紡いできた。当然山あり谷ありではあるが、最終的には良い方向にな。思い出せ、佐助。お主もそうしたのだろう。」
その言葉を聞き、自分の最期を思い返した。
かつての理想を思い出させるべく彼女と対峙した時間を。
彼女の涙をみた、その刹那を。
最期に人としての感情を表した彼女の表情をみるに、
少なくとも、私の思いは届いたのだと信じたい。
「そう、ですね。確かに持国天様のいう通りです。少しは気持ちが晴れましたよ。」
目じりにたまった涙をふき、目の前の御方に感謝を告げながら、私は顔を上げたのだった。