死後の世界-1
頬を撫でる心地よいか風を感じ、私は目を覚ました。
目を開いた先には、燃え盛る天井ではなく一切色彩のない空が広がっている。
「いったいここはどこだ。」
ゆっくりと体を起こし立ち上がる。先ほどまで一戦していたとは思えぬほど体が軽い。
「先ほどの疲れが一切感じられないな。とすれば、ここは現世ではないということか。」
あの戦いの最期に銃弾を受けたはずの胸には一切傷が見られない。
そのことから自身の死を理解しながら、体を起こす。
ふと周囲を見回すと一面にススキが広がり、風になびいている。
その中に、大きな武家屋敷が見えた。
「ふむ。堕ちるなら地獄と思っていたが、ここは御伽草子に描かれる地獄とは少し違うな。まあ、あれはあくまでも空想の産物だし、案外真の地獄とはこのようなものなのかもしれん。なんにせよ、今はあの屋敷に訪れる他ないか。」
ここが、天国か地獄かはわからないものの、少なくとも現世でないことは間違いない。
現世での生業から天国はありえないだろうと自嘲的な笑みを浮かべながら、
この空間の情報を得るべく、私はその屋敷に向かった。
その屋敷の門は、遠目では想像もできないほどの大きさを有していた。石垣の上に白く塗られた土塀を有した櫓門。さながら細川家の田辺城のような様相をしている。
私はいままで見たことない大きさの門に圧倒されながら声を上げた。
「我は、尾張の国の武士、中田鬼平信之である。此度は現世での体を失い、自身の人生に終止符を打ちに参った。門を開けられたし。」
純粋な思いを胸に戦いに身を委ねて幾十余年、その思いは現実を前に身をひそめ、自身を偽りながら戦い抜いた。その違和感に気づきながらも刀を血で濡らしてきた。背けた現実を直視して、気づいた時には堕ちていた。そこに後悔がないといえば嘘になる。しかし、最期に見た主の涙をみて、少し気持ちが楽になっている。自身の手で理想は実現できなかったが、若き頃に交わした主との約束は果たせたから。
名乗りを上げ終えたと同時に門が開く。
「よく参ったな信行。その門をくぐり、儂の部屋まで来るといい。」
その声に従い門をくぐると、そこは大広間間のような部屋だった。突然部屋の中に移動したことに対し、私はわずかに動揺しながらもあたりを見回す。すると、前のふすまが次々と開いていき、その先に人影が見えた。おそらくこの屋敷の主と思われる。その人影から手招きを受けた私は、近づくべく前へと歩みを進めた。早まる胸の鼓動を抑えながら、人影の元へと歩みを進めた私は、その屋敷の主を認識し、驚きの声を上げた。その人物は、自身が崇めていた持国天様であったからである。
「よく来たな。信之殿」
驚く私の顔をみて面白がりながら、持国天様は笑ってそう言った。