プロローグ~信之の最期~
いつから私たちはすれ違ったのだろうか。
地方領主の娘と流民。決して言葉を交わすことの出来ないほどの身分の違いがありながらも友となり、そしてお互いに目指す理想をかなえる為、共に歩んできた。
「佐助、私は民が笑って暮らせる国を作りたい。身分や主自なんて関係のない、民が自分の望むように生き、そして充実感に満ちた最期を迎えられる国を。」
私の一族は朝廷を陰から支えた武家の一つだったと聞く。今の幕府の始祖に危険視されたことから、朝敵の烙印を押され、命からがら都を捨て、地方に落ち延びたという。そんな中、一族を救ってくれたのは下人衆と差別されていた革屋の集まった村だった。その恩もあり、それから代々村の守り人を務めて来たそうだ。下人衆であることを理由に盗賊等から村が襲われても守護は一兵も出さないこともあり、お互いに利害が一致していたのだろう。私はそんな村で生まれ育った。村民たちは、皆素晴らしい技術を有し、村としての収益も非常に高い。しかしながら、下人衆であるとの一点で差別され、不当に税を巻き上げられていた。私はそれが耐えられなかった。そんな現状を変えたく身一つで村を飛び出し、姫に出会った。そこで姫の目指す世が、自分の理想であることを知り、この身を捧げることを誓った。
いつから私たちはすれ違ったのだろうか。
「朝廷の連中は駄目だ。あんな自分のことしか考えていない連中にこの国は任せられない。佐助、私は天下を望むぞ。私たちの目指す理想のために。」
朝廷に逆ったことで朝敵となった私たちは戦に明け暮れた。全方位を敵に囲まれている私たちに選べる手段はなかった。敵に与する者はすべて排除した。一切の情けもかけずに、ただひたすらに敵を葬る日々。切るたびに耳に劈く敵の最期の叫びが今でも耳から離れない。当然良心の呵責に苦しむこともあった。しかし、理想の実現という大義名分がそれを忘れさせてくれた。数十年の殺戮が数百年の民の幸福を生み出すと信じていたのだ。
いつから私たちはすれ違ったのだろうか。
「これより敵国の村、町ははずべて殲滅することにする。」
私は耳を疑った。彼らは敵国のとはいえ戦に関係のない民なのだ。
「佐助、これは必要なことなのだ。私たちの理想の実現のため、任されてくれるな。」
理解はできる。理解は出来るのだ。その戦略上の意義を。しかし、心に一片の戸惑いがぬぐえなかった。一人、一人切るたびに心が擦り減っていくのを感じた。
私がある村を襲ったのは大雨の日であった。突然の銃声に、逃げ惑う人々。あらゆる場所から聞こえる人々の悲しみに満ちた叫び。その中で腕の立つものがいた。数合打ち合ったのち、足払いをかけ体制を崩し、首元に刃を立てる刹那、側面より濃い殺気を感じた。すぐさま振り返らずに刃を殺気の根源に返し、殺気の根源を断った。殺気のもとは、男の妻だった。絶望に打ちひしがれた表情をした男の命を断った後、ふと空を見上げた。罪なき民を、ましてや女子供を手にかけた私に振りそそいだ雨は、頬をつたる涙と幼きころに実現を誓った理想を土に還した。
いつから私たちはすれ違ったのだろうか。
「佐助、もしも私が過去の愚者と同じように人の道を踏み外した時は、お前が正してほしい。そのときはお前のやり方でかまわん。」
まだ、なにも知らずに、ただ理想を思い描いていた幼きころの約束。決して叶えたくなかった約束。
時は流れ、四方を炎で囲まれた一室で二人は対峙する。
「佐助、まさかお前がやってくるとはな。」
「・・・・」
「毎晩、私を暗殺しようと客がやってくる。そのため常に幾十にもに罠を張っているのだが。その様子だと、すべて看破してきたか。さすがは私の黒鬼といったところだな。」
そういって彼女は寂しげに笑う。
「約束を果たしに来た。かつての君とした約束を。」
「約束・・・。ふふふ、あははははは。そうか、お前から見て私は人ではなくなったか。」
そう言って彼女は懐から小銃を取り出し私に照準を向ける。
「いつから私たちはすれ違ってしまったのだろうな。」
彼女が引き金を引いたのと同時に短剣を投げつけた私は、消え行く意識の中でそう彼女の呟きを聞いた。互いの攻撃が届く刹那の中で、私は彼女の笑顔の中に一筋の涙を見た。彼女の久しくみなかった感情を前にして、驚きとわずかな満足を胸に抱きながら、私は静かに意識を手放したのだった。