人狼
すいません。前回の吸血鬼篇を間違えて短編で投稿してしまいした。面倒ですが、そちらの方も読んで頂ければ幸いです。
1942年2月 ドイツ。太陽を隠す雪雲がきめ細かい雪を降らせる。雪が大地を覆い隠してるにも関わらず、密集したモミの木は森を黒く塗りつぶす。
そんな黒い森の中を重火器を持ち歩き、黒いオーバーコートに身を包み、黒い軍服に髑髏のマーク、そして鍵十時の紋章をつけた男たちが突き進む。人は彼らをナチス武装親衛隊と呼んでいた。
重い背嚢を背負い、長い列を作りたいなら黒い森の中を切り分ける。
「まったく、伍長閣下は何を考えてるんだ」
列の中の一人、鉄兜を目深に被り、身長190センチを超え、顔には幾多の火傷ど皺を刻んだ巨漢の軍人がぼやく。
「先任軍曹、貴様総統閣下に対して何といった?」
ぼやいた軍人に対して、同じような黒い軍服ではあるが、鋭利な刃物を思いつかせるような将校服に身を包み、輝かしい黄金の髪をオールドバックにし、その上に黒い制帽を被った男が、軍曹と呼んだ軍人に対して、若々しい顔を鉄仮面をつけているように無表情で問いただす。
「冗談ですよ、少尉殿。閣下のオカルト好きは今に始まったことじゃない」
「ほどほどにしないと、銃殺刑にするぞ」
懐に手を入れる。
「いやだなあ、ゲルマンジョークってやつですよ」
しかし、軍曹はそんな私を見ても慌てず、にやにや笑いながら言い返す。それを聞いていた他の軍人がクスクス笑いだす始末。
「貴様ら、なにがおかしい?」
私の静かな怒声が、笑っていた軍人たちを黙らせる。
「笑っている暇があるなら、さっさとヴァラヴォルフを見つけろ」
ヴァラヴォルフ、通称狼男。ヨーロッパでは吸血鬼についで有名な化物。だが、科学が発達したこのご時世で狼男などは存在しない。そんなあり得ないものを、この軍人たちは探しているのだ。
「少尉殿、そりゃいくらなんでも無理ってもんでしょう。どうせ総統のいつものご病気ですよ。真に受けない方がいいですって」
「黙れ。命令を受けた以上、我々は命令を完遂する義務が生じる。それが軍人だ」
声色を変えない平淡な口調で、しかし確固たる意思を持って私は任務を全うしようとしている。対して軍曹は。
「SS長官も言ってたでしょう。『雪中行軍演習だと思え』って。長官だった信じちゃいませんぜ」
やれやれと肩を竦め、気だるそうに任務に当たっていた。
「軍曹、貴様いい加減に」
私が叱責しようとした瞬間、少尉と軍曹の背後の森から足音が聞こえて来た。少尉はすぐさま部下に戦闘配置を命令し、軍曹も手持ちのライフルを構える。部下たちの戦闘配置が終了すると、少尉は軍曹に顎でなにか指示を出す。軍曹も解っていたのか、軍曹はライフルを足音がする方向に構えながら、大声で警告する。
「だれだ!! 両手を上げてゆっくり出てこい!!」
足音のする方向に向けて言うと、森の奥から、赤黒いローブを身にまとい、継ぎ接ぎだらけのみすぼらしい服を着た東洋人らしき男が現れた。
「人間と争う気はないんだけどねえ」
東洋人は訛りのある英語を喋り、手を上げている。
「貴様、何者だ。ここは現在立ち入り禁止だ。それに英語、貴様英国のスパイか?」
東洋人の男を尋問し始めた。右手で拳銃を構え、男を脅す。
「あはははははは、英国のスパイなら白人を使うさ。なんで黄色人種を使うかね」
「同盟国の日本人と勘違いさせる気ではないのか」
「日本人であるところは当たりだね。でもいい加減に銃を下ろしてくれないか? 話ができない」
怪しい、怪しすぎる。しかし、武器は持ち合わせていない。よく見ると腰の剣のようなものを差しているな。
「貴様、その腰に差しているものはなんだ」
「これかい? これは刀、サムライ・ブレードさ」
男はへらへら笑いながら、腰の剣を抜いてきた。
「動くな!! 下手なことをすると」
その時、後方から肉が潰れたような音がした。私が後ろを振り返ってみると、そこには、隊列の真ん中で巨大な狼のようなものが二足歩行で立ちながら、私の部下の頭を咀嚼していたのだ。
バリバリと骨を砕く音と肉を潰す音が、静かなはずの森に響き渡る。部下たちは、まるで、イギリス料理を食ったイタリア人のように、固まってそれを眺めていた。
すると、私の隣から銃声が響いた。見てみると、軍曹が化物に向けてライフルを打ち込んでいたのだ。
「なにやってんですか、少尉!? 指示を!!」
ッ! 私はなにをやっている!!
「各員、射線が重ならないように射撃開始! 奴を近づけさせるな!!」
部下たちは正気に戻ったのか、指示された通りに攻撃を開始した。
「グルルルルルル!!」
だが、化物は見えているかのように銃弾を避けていく。すると、突如、避けるの止め、地面を殴りだした。
「グアアアアアアア!!」
降り積もった雪が、殴られた衝撃で空気中に広がっていく。煙幕か!?
「射撃止めえ!! 同士討ちになる! 複数で固まり背中合わせにしながら襲撃に備えろお!!」
しかし、指示が遅かったのか、あちこちから悲鳴が聞こえる。
「少尉! こっちに来ます!!」
軍曹の方を見ると、巨大な顎が私に向けて飛んで来ていた。手に握っていた拳銃を撃つが、間に合わない。私は死を覚悟した。だが。
「は~い。ちょっとお座りしようか?」
東洋人の男が、化物の顔を踏みつけていた。
「ガルアアアアアアア!?!?!?」
化物も予想外だったのか、パニックを起こすように、手足をジタバタさせている。
「なっ!?」
「ああ大丈夫大丈夫、すぐぶっ殺すから」
そういって男はカタナを化物の首に宛てがうが、化物は冷静さを取り戻したのか、男の足を掴んで、私たちに向けて投げつけた。
「うおわ!?」
軍曹が咄嗟に受け止める。化物はまた地面を殴り、雪の煙幕を作った。
「またか!?」
軍曹が呻き、抱えていた男を放りだして、ライフルを構える。私も拳銃を構えるが。
「やれやれ、ワンパターンだな。所詮は化物か」
地面に放り出された男が立ち上がり、再びカタナを構えている。
「そんなもので戦うつもりか!? 戦闘の邪魔だ!」
私は男を叱責して、ここから退散させようとするが。
「そういうなよ。俺の仕事は、こいつのような化物を殺すのが仕事なんだから」
そういうと、男のカタナから青白い炎が吹き出した。
「な、なんだ!?」
軍曹は、その不可解な炎に驚くが、私はその炎に見惚れてしまった。
「燃え尽きちまいな!!」
そういって、男がカタナを振ると、刀身に絡んでいた炎が雪煙に着火し、煙幕を爆炎に変えた。
「グギャアアアアアアアアアアア!?!?!?!?!?」
煙幕の中に潜んでいた化物は、爆炎に巻かれ、絶叫を上げた。その業火はまるで煉獄の炎のように、化物を焼却していった。
気づくと、炎は消え、当たりには化物のものと思われる影が煙を出していた。
「はい、焼却完了」
男は軽い感じでいうが、その言葉で、ようやく思考が追いついた私と軍曹が男に銃を突きつけた。
「てめええ! 俺の仲間ごと焼きやがったなあ!!!」
「部隊は壊滅。貴様の命だけでは到底足りんぞ」
私たちの殺意と怒気を受けても、男は平然とへらへらしている。私は引き金を引こうとする指を必死で押さえた。
「まあまあ、落ちいて。誰も死んじゃいませんて」
こいつはなにを言っている? 死んでいない? 今こうして、私たちの眼前に燃えカスになった部下たちの遺体が……。なかった。
「ど、どういうことだ?」
軍曹は驚いている。私が注意して見ると、爆炎のあとに残っていたものは、五体満足で気絶している部下たちだった。近寄って脈拍も見てみるが、生きている。念のために体を調べてみるが、火傷の後なども一切なかった。
「貴様、これはどういうことだ?」
男を問いただす。
「どうといわれても、あの炎は俺の任意で燃やすんだ。だから化物以外燃えていないだろう?」
燃え後をよく観察してみると、確かに、部下たちどころか、木や雪すら燃えていない。
「……、部下を救ってくれたことには感謝する。しかし、貴様には事情聴取を受けてもらう」
あの炎に化物、聞かなければならないことは山ほどある。
「だが安心してほしい。君の安全は私が総統閣下の名にかけて、必ず補証しよう。君は命の恩人だからな」
そう、誇り高きアーリア人は受けた恩は忘れない。軍曹も首を縦に振って頷いている。
「ご好意は嬉しいが、それは無理な相談だ」
男はすまなさそうに笑う。
「そうか、誠に申し訳ないが、これは強制なんだ」
恩人に銃を向けるのは忍びないが、これも軍務だ。軍曹もライフルを構える。
「そう言う意味じゃない。時間がもうないのさ」
そういった瞬間、男が持っていたカタナを振るった! 撃とうとしたが、男がカタナを振るった方が早かった。
そして、あの化物を焼いた炎が眼前に現れた。
「うおおおおおおおおおお!?!?」
「っくうううう!?!?」
私と軍曹は、腕でガードしようとしたが、炎は私たちの体を包み込んだ。
「なんだ!? 熱くない?」
軍曹の言葉で気づいた。確かに、熱いどころか、服すら燃えていない。
「じゃあな。あんまり無茶すんなよ」
炎の向こうで、男は別れの言葉を言って、私たちの目の前から消えた。
数秒経つと、炎は消えた。当たりを見ると、男の姿が無かった
「……、なんだったんでしょうかねえ?」
「さあな」
まるで、日本でいう、狐につつまれたような感じだな。
「しかし、確かなことがある」
「なんですか?」
私は、化物の影に近づいて、触れる。
「先ほどの出来事が事実であったことと」
そして、私は未来を予想する。
「長官の前で叱責されるということだ」
報告書になんて書こう。頭を抱える私を軍曹は腹を抱えて爆笑していた。
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