暗い部屋
僕はいったいどうしたんだろう?
ここは何でこんなに暗いんだろう?
思い出せない。ついこの間まで皆で楽しく遊んでいたはずなのに、今は何でこんなに暗く静かなんだろう。
真っ暗だ。光がまるで差し込んでこない。
あの楽しい遊び部屋とまるで正反対。あそこは光と声と笑顔で溢れていた。
ここはとても暗い部屋だ。まるで棺桶だ。暗く冷たい。
あの子は元気だろうか。僕と遊んでくれたあの子。
僕は毎日毎日あの子と遊んだ。毎日だ。
毎日笑い声に包まれて僕は色んな遊びをあの子としたんだ。
一番好きな遊びはごっこ遊びだった。誰かになり切って、何々ごっこをするのがあの子は好きだった。
勿論僕も大好きだった。僕は色んな誰かになり切った。
お巡りさんになったこともあった。お父さんになったこともあった。お医者さんになったこともあった。
その度にあの子は笑ってくれた。
もうあの子は遊んでくれないのだろうか?
あの子は姿を見せない。
代わりに見えるのは何処までも暗いこの部屋。いつもならこの暗い部屋に帰っても、すぐあの子が迎えにきてくれたんだ。
あの子はおやすみって言って僕と別れ、おはようって言って僕に会いにきてくれた。
だからこの暗闇を怖いと思ったことなんて一度もなかったんだ。
でも今は怖い。こんなに長いこと、あの子が会いにきてくれないなんてなかったからだ。
あの子はやっぱり姿を見せない。いつしか声も聞こえなくなった。
その代わり、入れ替わるように何処からともなく聞こえてきたのは大人の声だ。遠くから聞こえる大人の声。時に苛立たしげに聞こえる大人の声。
この声の主があの子を隠したに違いない。僕をここに閉じ込めたに違いない。
僕はいつしかそう思うようになった。
だってこの声の主はとても苛立っているように思えたもの。
何かに疲れている。何かに苛立っている。何かに怯えている。
何かを失ったのにそれが何かすら分からない。そんな不安な気持ちがその遠い声から伝わってくる。
そしてその苛立ちを周囲にぶつけている。
悪い人だ。
やっぱりこいつがあの子をどうかしてしまったのに違いない。
僕が本当にお巡りさんなら、この悪い人をやっつけてやるのに。
僕が本当にお父さんなら、この悪い人からあの子を守ってあげるのに。
僕が本当にお医者さんなら、この悪い人を――
そんなことを思っていると、暗い部屋に光がすっと差した。
「まだあったんだな」
僕は光溢れる部屋の中で、大人の男の人に持ち上げられた。
こいつだ。この声だ。
さあ、かかってこい。僕はお巡りさんだぞ。悪い奴は懲らしめてやるぞ。それがお巡りさんだからな。
あの子は何処だ? 僕はお父さんだぞ。悪い奴からあの子を守るぞ。それがお父さんだからな。
それとも何処か悪いのか? 僕はお医者さんだぞ。悪い奴でも怪我なら見てやるぞ。それがお医者さんだからな。
僕ならどれでもできる。だって僕はあの子と沢山のごっこ遊びをしたからだ。
「……」
大人の男の人は僕をじっと見つめた。
「ほら」
そう言って大人の男の人は、僕を見知らぬ子供に手渡した。
その子はあの子に似ているようで、何処か少し違う子だった。
この子は僕を早速消防士さんにしてくれた。僕とあの子が大好きだったごっこ遊びだ。
「そんな。古いのでいいのか? 俺の子供の頃の遊び相手だぞ」
大人の男の人はもう苛立った声をしていなかった。
そして僕とこの子のごっこ遊びを、懐かしげにいつまでも見守ってくれた。