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昔の資料を掘り返してみると、いかに自然が近く、偉大であったかがわかるような文章が発見される。
私は、いつしか『本物の空が見てみたい』そう願うようになった。
花の種類も現在より、昔のほうが多かったと見られるし、なにしろ、“雑草”なんてものがあったらしい。
雑草はどうやら芝生とは違うみたいなのだ。
そうそう、もっと前の資料によると、花粉症なんていうのもあったらしい。
現在はそんな症状を発生させるほど大量な花粉は飛んでいないし、私達が口にする食物などの草木は、別の地下室で育てられ、私達が歩いているこの見慣れた景色の中の植物達には花粉が存在しない。
木々は花をつけることも、実をつけることもなくなり、花はただ咲いては枯れるという無限ループを繰り返している。
もう、子孫保存の法則すらも失ってしまっているのだ。
「……本物の空が、見たい……。」
願ってもどうしようもないことだろう。
それは分かっているのだ。
でも、願わずにはいられない。
電子レベルを変えて……なんて世界は、もううんざりだ。
エネルギー保存の法則? dU = δQ - δW ああ、そんなのも存在したねぇ。
みんなそんなレベルの会話しかしない。
その中で生きておいて、まるでそのことに無関心なのだ。
この世界は……窮屈だ……。
今日も科学班はエントロピーがなんたらとかやっているのではないだろうか……。
ま、科学班の中でも熱力学の人たちだけだろうが。
私は歴史を掘り返していくだけ。
それだけだ。
ほんの些細なことでも見つかれば大発見だ。
例えば、絵本みたいなほんのちょっとしたことでも、だ。
そういえば、宇宙について調べていた人はどうしただろう。
ここまで科学の発展が進んでいれば宇宙への進出も夢ではないのだろうが、もはや地上には出れない状態。
ココ全てを壊して宇宙へと旅立つのは無茶な話だ。
やはり、私のようにつかめぬ宙をその手に夢見ながら無駄だとわかっていても願い続けるのだろうか?
そんなことはもうどうでもいい。
もう、いいのだ。
私は、地上へと旅立つ。
「君も、地上へと出てみたくはないか。」
「本気かい?外にでたら人類はもう生きられないのだよ。」
「……それでも私は、ココにはいたくないのだよ。」
「……それは、ココにないものばかりを望むからだろう。こんな仕事をしてちゃ無理もないが……だからみんなやめていくんだ。届かないと知っているから。」
「届かない?それは、本当かい?届かないと決め付けてるだけではないのか?」
「君は実によく働いてくれたよ。やめたくなったなら、やめてもいいんだ。」
「そうだね、私はもうそろそろやめよう。いや、今日、この場を持ってやめさせてもらうよ。」
「そうかい、上司にはそう伝えておくよ。」
私はエレベーターへと乗り込み、上へ行くボタンを押した。
一人で地上へ行くことが怖いわけじゃない。
死ぬのが怖いわけじゃない。
ただ、一生ココにいて、空が見たいと後悔しながら死んでいくよりも、本物の大気を見て、死んで行きたいと思った。
「ちょ、どこへいくんだい!?」
下のほうから、私を引き止めているのか、驚いているのか、分からない声がした。
でも、エレベーターは止まらない。
もう、とまれない。
私自身も、止まる気はもう、なかった。