エミルの繕い屋
夜も深々と暮れた頃。
「エミルの繕い屋」と、描かれた看板の店は、明かりがついている。
その室内で、預かった服をトルソに纏わせている人物がいた。
服の傷みを確認し、細い針と糸で繕い直している。
依頼された服の中には、少年が着る様な小柄な軍服もあった。
「息子の遺品です」と言って、その服を持ってきたのは、ふくよかな老婆だった。
エミルはトルソからその服を外し、広い作業台の上に乗せる。
服の肩を叩いた。
服は人が着ているように膨らみ、起き上がると、静かに動作を始める。
パントマイムの様に、デスクと思われる四角い台を拭き、次にカーテンを開け、窓を拭く。
ドアを開ける仕草をして、外からトレーを受け取った。
それを、さっき拭いていたデスクの上に置き、ポットとカップに少し触れた。
カップの隣にある、小瓶のような物を手に取った。
両手で包んで、少年兵は十分に「力」を込めると、小瓶を元の場所に置いた。
呼びかける声が聞こえてくる。
「アルノルト。おはよう」
少年兵は答えた。
「おはようございます。体調はいかがですか?」
「不都合な所はないよ。ありがとう」
「いえ、私の仕事ですから」
「ああ。君は本当に、天才的な執事だ」
少年兵は控えめな笑い声を零した。
そこまでを再現すると、少年の軍服は作業台の上で、くしゃりと潰れた。
恐らく、この服の持主の名は、アルノルト・バーデ。
何処かの士官に、毒を盛って殺害したとされる人物だ。
アルノルトは、毎朝、士官が飲む強壮剤に「治癒力」を宿す役割をしていた。
ある朝に薬を飲んだ士官は、突然苦しみ出し、瞬く間に息絶えた。
疑われたアルノルトは、毒殺を否定し続けたが、最終的に、断頭台に引きずり出された。
そこまでは、エミルも伝聞紙で知っている。
だが、少年兵が「毒」となる術を使っていた様子はない。
エミルは女王陛下へ向け、手紙を記した。
「アルノルト・バーデの名誉に関して。
彼は毎朝、『用意された小瓶』に治癒力を宿していたが、彼はそれを開封してはいない。
毒殺を疑うのであれば、罰されるのはアルノルトではなく、その小瓶を用意した何者かである」
数日後。少年兵の生きていた当時、強壮剤を作っていた魔法薬師が告訴された。
服を引き取りに来た老婆に、「息子さんの疑いが晴れて、よかったですね」と、エミルは声をかけた。
「ええ」と、老婆は繕われた軍服を撫で、答える。「名誉と言うものは、とても大切ね」
老婆の心のほつれは、どうにか繕えたようだ。




