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蒼虹結晶の樹の元で2人は契を交わす  作者: 片海 鏡


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7話カップケーキとハートローズジャム

「ネフィリアードと食べた方が、気分が良いから」

「随分と可愛らしい事を言ってくれるんだな」

「そう?」

「そうだとも」


 不思議そうに小さく首を傾げたアリュスだが、深く気にも留めない様子だ。席に座ると袋からカップケーキを取り出し、皿に取り分けた。

 今のアリュスにとって、栄養源となるのは心。

 思いもよらない言葉を送られ、ネフィリアードは口元を緩ませた。


「小腹減っているなら、一個食べたら?」

「そうせてもらおう」


 ネフィリアードはジャムの瓶を手に取り、瓶の蓋を軽くひねる。

 ジャムを作る場合、温かい状態で瓶に詰めて蓋を軽く閉めた後に湯煎に掛ける。熱は殺菌だけでなく、瓶の中空気を外へと逃がし、真空に近い状態を作り出す効果がある。

 これによってカビなどの発生を防ぐのだが、その分圧が掛かってしまうので蓋が開けにくくなってしまう。

 腕力では敵わない硬さになると魔女達は魔法を使うのだが、身体能力の高い獣人であるネフィリアードは圧を感じる間も無くいとも簡単に開けてしまった。


「ハートローズってどんな感じ?」


 その様子を見ていたアリュスは問う。


「トランプローズの中では、一番甘みがある。ダイヤは柑橘のような酸味が、スペードは他より渋みがある。クラブは中でも香りが強いな」


 ネフィリアードはスプーンを使ってカップケーキの上に赤いジャムを乗せた。ジャムの中では、ハート形の赤い花びら達が優雅に泳いでいる。


「へぇ、使い分けできそうだね」


 アリュスは彼に倣い、赤いジャムをカップケーキの上へ乗せる。


「ハートとダイヤはお菓子やジャム、スペードとクラブはお茶に使われるのが主流だな」

「紅茶を最近勉強しているけれど、その話は初耳」

「ハートとダイヤは賑やで明るい性格が多いが、スペードとクラブは物静かで気難しい性格が多い……と花屋から聞いた。スペード達は育てる難易度が高い分、市場へ出回る量が少ないのだろう」


 そう言ってネフィリアードはカップケーキを一口齧る。

 カップケーキは、彼の口なら一口で食べられてしまう大きさだ。しかし彼は魔女達から教わった食事のマナーを守るだけでなく、アリュスの教育の為にも上品な振舞をする。


「うん。いけるな」


 クリーム等の飾りつけ予定で甘さ控えめのカップケーキと、ベリーに似た味わいのハートローズジャムの甘みの相性が良い。口や鼻に残る香りや甘みは尾を引かず、もう一個と手が伸びそうだ。


「ネフィリアードがそう言うなら、美味しいんだろうな」


 ジャムを乗せたカップケーキをアリュスは一口齧る。表情は変わらないが、きちんと咀嚼し、飲み込んだ。


「そういえば、前回のリボンと紙でスクラップブックが埋まったんだ」


 味について感想の言えないアリュスは、次の話題を持ち出す。


「確か三冊目か。あっという間だな」


 ネフィリアードが来るのは、週に一度のみである。出会って6年。店を開いて2年になる。開店した日を昨日の事のように覚えているネフィリアードは、感慨深そうに微笑んだ。


「それと、二日前に健康診断が店であったのだけど」

「あぁ、そうだったな」


 ランブルポットの蓋から僅かに湯気が出始めている。


「俺って男だったんだね」

「そうだぞ」


 平然と言うネフィリアードに対して、アトゥスは小さく首を傾げる。


「知ってたの?」

「君を保護した時、一目でわかったからな」


 人間は、骨であっても性別を見分けることが出来る。

 骨の太さだけでなく、多くの違いを内包している。鎖骨の男性は長く、女性はそれに比べて短い。またその傾きは男性の場合は逆ハの字だが、女性は外側にやや傾いている。男性の胸郭は大きく、下部が広がっているのに対して、女性は小さいだけでなく下が窄まっている。他にも骨盤の幅の広さと深さ、その位置、角度、大腿骨の角度に違いがあり、女性特有のくびれの付きやすさは骨から来るものだと分かる。

 アトゥスの場合、保護した直後の寝かされた姿でも〈男性〉であると直ぐに見て取れた。


「その言い回しからして、君には男である自覚はなかったのか?」


 過酷な環境に居たのは間違いなく、辛い過去を探る気は毛頭ない。しかし、魔女と自分の違いに少なからず気付いているものだと、ネフィリアードは考えていた。


「俺の口調は昔のネフィリアードを真似たものだし、今の自我も4年くらい前に出来上がったものだから……男を知る機会っていうの? それがネフィリアードしかいないから、よく分からない。今も、なんとなくだし」


 カタカタとランブルポットの蓋が揺れ始め、アリュスは席から立ち上がる。


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