49話 選択をする
「封印? 女王から賜った名ではないのに、出来ると思ってるの?」
フローラはそう言って手杖を振ろうとした時、ネフィリアードの身体が動いた。
顔は下を向いたまま。静かに右腕を動かし、手を差し伸べる様にフローラへと向ける。
「殻の名はフローラである」
発言の瞬間、フローラの魔法が掻き消される。
「他の子が出来るよ」
物陰に隠れていた少女達が現れる。ムスリカに従っていた少女達だ。
「戦わないと決めたはずだ! 何をしている!?」
驚いてムスリカは彼女達に声をかける。しかし、彼女達の目はうつろであり、ムスリカの呼びかけに聞く耳を持たず、フローラの元に集結する。
「お姉ちゃん達はアタシに従ってくれるでしょう?」
「うっ……!?」
その言葉にムスリカは頭を抱え、地面に膝をついた。咄嗟にコルエが彼女の様子を伺うと、抵抗するかのように肌が白くなる程強く拳を握り、脂汗を掻いていた。
まさかと思い簀巻き状態のパンジーを見れば、身を屈め譫言の様に〈やだやだ〉と繰り返し言っている。
帝国で製造されていたホムンクルスは、人間に逆らえないように術式が組み込まれていた。それを応用し、フローラに絶対服従を布く術式が少女達に組み込まれているのだ。屯所で見せた少女達の異様に統率の取れた行動は、それによるものだった。
「コ、コルエ先輩!」
リュアンナが魔導車から出て来た瞬間、貨物部分の天井が爆発し、中から少女達が出てきた。縄を燃やし、自由の身となった少女達だが、同じく虚ろな目をしている。
「東洋では、袋の鼠って言うんだよね!」
嬉々とするフローラの言葉と共に少女達は手を掲げ、自身に組み込まれた魔方陣を発動させる。
天から降り注ぐ無数の光の玉は幻想的であるが、屋根や建物の壁に触れた瞬間に爆発をする。光の玉を避けられても、二次被害に巻き込まれる危険性が極めて高い。
アリュスは幾つか回避ルートを瞬時に見つけたが、声の主の動向を待った。
「もう大丈夫だから、おやすみなさい」
ネフィリアードを中心に、虹を抱いた空色の結晶が地上を覆い尽くす。
星界神石はまるで蔓を伸ばす植物のように建物群を飲み込み、花々を咲かせる。
少女達はゆっくりと膝を突き、花畑の中に横たわる。目を閉じ、穏やかな寝息を立て始めると、まるで彼女達を守るかのように結晶の木々が伸び、森を形成する。
魂、理に響く言霊。
神が被造物達に対する絶対的な権限。
「おまえ、帝王じゃないね。殻の神?」
フローラは驚きはするが慌てず、ネフィリアードの中にいる存在を睨んだ。
「そうだ」
一瞬で終わらせることが出来る。けれど、殻の神は力をこれ見よがしに振るいはしない。
「こんな事も出来るのに、魔女に好き勝手させてたんだ?」
「妖精樹の絶滅と国の支配。あの日、ぼろ布を纏った少女が大陸へと足を踏み入れた時から、我々には出来た」
妖精は多様な種がいる。その中には、他の生命体の精気を吸い取り繁栄した種がいた。
他を絶滅させる代わりに繁栄する樹の妖精がいた。
妖精と人はそれを悪とし、樹を切り、種を潰した。
そして、最後の生き残りである少女が小さな船に乗り、極北の大陸へと行き着いた。
素足で大陸を彷徨う少女は、殻の神へと懇願した。
「は……? だったら、さっさとやれば良かったのに。こっちはずっと苦しいよ」
勝ち目は無いに等しい。だが諦めきれないフローラだが、殻の神の言葉に吐き捨てる様に言った。
「子供達の苦しみは、原初の刻より生じた我々では推し測れない」
生物は何かを奪って生きている。動物で在れ、植物で在れ、何かを得て糧にする。
際限のない増殖は終わりのない消費を生み出し、世界全体の滅亡を呼び起こす。それを抑えるための措置であり、多くの悲劇を生む法則である。
「故に星の殻たる我々は、常に協議し、子供達にとって最良に近い選択をする」
最愛の仲間達の死体を乗り越え、生き残ったその少女は〈生きたい〉と泣いた。
そして、涙が枯れると共に雪原に倒れた。
種である少女は大地に根を張る。再び他の生物を絶滅させる妖精樹が生まれようとしている。
「愛そうか」
殻の神は考えた。
この樹に結晶の粒子を流し込み、改良しよう。他を絶滅させぬ温厚な樹の妖精を産み出そう。そうすれば、この子は生き続けられる。
「滅ぼそうか」
もしも妖精樹の子供達に太古の記憶が目覚め、他を滅ぼそうとした時には其の命達を自らの手で奪おう。
それは綺麗事である。偽善である。
「高みの見物かよ」
「善と悪、天秤の傾きのみが正しいのではないと知っている」
多勢によって決められた結果が正しい物とは限らない。
被害者が加害者になる未来は幾らでもある。
世界には壁があり、多くの価値観と思想が存在する。
答えのない問題を山のように積み上げながら、世界は、人は生きている。
「暴力と妄信は破滅を生み、栄華を極めようと選択を間違えれば、いとも容易く崩落をする」
理想しか見ない傾きが極まれば、落ちるだけだ。
悪意に飲まれ、影に隠れてしまった大事なものが壊されていく。
左右の傾きを最小限に抑え、均衡を保つ事こそが、神の役割である。
「帝王の家族や仲間を見殺しにしたくせに、アタシ達が苦しんでいたのを知っていたくせに、格好つけた事を言うんだね。神なんて、最低だ」
「そうだとも。神とは、子供達が死ぬのは嫌だと言いながら何もしない最低な存在だ」
殻の神は、自嘲する。




