48話 白猫の魔女
大きな魔力の接近と雷雲の音が近い事に気付いていたアリュスは、即座に防御魔術を発動させていた。
木っ端微塵の2階建ての建物。立ち上る砂煙。
アリュスと同様に、ネフィリアードの水巨鯨を目印に魔動車を走らせ、増援に来たのだ。
「派手だなぁ……」
その場にいる全員の無事を確認しつつも、アリュスの口から思わず声が漏れた。
「離せ! クソ!!!」
簀巻きにされた金髪の少女を小脇に抱え、魔動車からコルエが出てきた。
運転席ではアリュスとネフィリアードを見て、目を丸くするリュアンナの姿があった。
「パンジー」
「ムスリカ姉さま!?」
金髪の少女は目を見開き、そしてムスリカが無事である事を安堵した。だが、フローラと対峙していると分かると直ぐに表情に怒りを滲ませる。
「フローラを裏切るのですか!?」
「私は、残りの寿命を皆と生きるために使いたい」
彼女の言葉にパンジーは目を見開き、そして悔し気に項垂れた。
見た目こそ幼いパンジーだが、ムスリカと同じく寿命が差し迫っている。
「間に合わなくて、すまないね」
「ネフィリアードなら責めないよ」
身体の一部が結晶に覆われたネフィリアードに一瞥をしたコルエは、優しくパンジーを地面へと置いた。
「ネフィを休ませるには、彼女をどうするかだね」
「運転席の後ろの箱に、運ばせてもらえない?」
「残念だが、戦った女の子達を収容しているんだ。場所が無い」
コルエがそう言いながら立ち上がろうとした瞬間、フローラの魔法による光線が帽子をかすめ、燃え始める。
咄嗟に帽子を脱いだコルエの頭には、猫の様な耳が生えていた。
「くそっ。精度が落ちた」
フローラは吐き捨てる様に言うと、空いている右手を広げる。
何処からともなく白い手杖が飛び出し、彼女の手の中へと納まった。
魔力と魔術の強化のための杖だが、ムスリカやパンジーと同じくフローラはホムンクルスである。それが無くとも彼女達の魔術を操る精度は高く、心臓である魔光炉は人間以上の魔力を供給できるはずだ。
地杖を手放そうとせず、さらに別の杖を使う。その行動は、アリュスには奇妙に見えた。
「まったく、悪趣味な子だ」
コルエは慌てず、苦笑するだけだ。
「黙れよ。白猫の魔女の娘。国を滅ぼしかけた元凶の女から産まれておいて、よく正義面が出来るな」
「それは先代の女王がやったことだよ」
先代女王の精神が壊れた元凶であり、被害者。
変身の魔法の源であり、魔女であることを放棄した魔女。
28年前。王城に住まう使え魔である動物達の世話役であった黒髪の魔女に、女王は恋をした。
慈悲深く聡明である女王だが、師生活となれば自分の感情に正直であり苛烈だった。
「権力者は無法者と紙一重だ。私を産んだ魔女は、相当追い込まれたのだろう」
女王は宝石や高価な品々を贈ったが、彼女は受け取らなかった。女王から贈られた首輪であると知っていたからだ。
女王は毎日のように恋文を贈り、行事がある度に彼女を招待した。しかし、彼女は丁重に断り続けた。浮足立つ権力者の前に出れば、魔法騎士達に監視される中でも僅かな自由のある日々が更に崩壊し、籠の中の鳥になるのが分かり切っていたからだ。
時に女王自らが飼育施設に赴き、彼女と対話した。彼女の愛する動物達が、人質に捕られていた。
やがて、追い詰められた彼女は自らの姿を捨てたいと思うようになり、変身の魔法を造り上げた。白猫の姿となり、城や城下町を歩く日々は、彼女にとって心休まるひと時だった。そして彼女と同じ思想の魔女へ、魔法とその触媒である自身の血を分け与えるようになった。
しばらくして、悪用する魔女が現れ始め、彼女の立場が危うくなり始めた。
女王の元に下れば無罪放免になると魔法騎士達から囁かれたが、彼女はそれを拒絶した。
そして、あろうことか。いや魔女としても、人間としても禁じ手に手を出し、逃れようとした。
白猫と自認してしまった魔女は、雄の猫と交わったのだ。
変身の魔法の乱用、そして女王と周回からの圧力によって正常な意思を保てなくなった末路である。そして白猫の姿であった彼女は魔法騎士達によって囚われ、妊娠が発覚した。
魔女としての意識が完全に壊れた白猫の腹は3年かけて膨らみ、のちにコルエと呼ばれる魔女になる黒い〈何か〉が産まれた。
そして25年前、封印が執行された。
「オマエと母親のせいで、極氷の民は女王によって殺されたのに、よく言うな」
「他責思考は止めてもらえるかな。始めたのは女王じゃないか」
女王は彼女の封印指定に心を痛め、自分は正しく、なにも悪ないと言い聞かせた。だが膨れ上がっていく白猫の腹を見て、自責の念と他の生物に対する恐怖と嫉妬に精神が蝕まれ続けた。誰の声も耳には届かず、崩壊の一途をたどった。
そんな彼女も欲を満たせば、一時的に〈女王〉の精神が回復をする。
城に勤める魔女達は、女王の命令に従った。それが恐ろしい注文であったとしても、自らの命を守るため、国の崩壊を止めるためにも飲み込むしかなかった。
ある日、北の防衛拠点へ訪問するために移動している中で、女王は若い極氷の民達の狩りを目撃してしまう。
動物の様な人。人のふりをする動物。
膨れ上がる白猫の腹を見て見ぬふりを続けた女王の精神が、完全に崩壊した。
「女王があの魔女が、と言い合うよりも……どうしてキミのような小さな女の子が、僕達の秘密を知っているのか気になってしまうな」
コルエは小さく首をかしげて見せる。
知りもしない母親の罪を着せられ、監視される日々。
異端の目を向けられ、常に蔑まれていた。自傷行為を繰り返し、何度も拘束された。
逃亡し、城壁を乗り越え、何処かで野垂れ死のうとしあの日。
四季が咲く花畑に、小さな小さな男の子がいた。
コルエを見つけると男の子は、嬉しそうに耳を倒し、目を細めた。
〈いっしょ。いっしょ〉
たどたどしい言葉だった。
顔の大半は肌が露出し、どこもかしこも瘡蓋だらけだった。
体毛の生え揃わないやせ細った指で、其の忌まわしい耳に触れてくれた。
引っ張らず、握らず、ただそっと優しく触れてくれるだけ。
勝手に、許された気がした。
別に許されなくたって良い。ただ、それだけで、充分だと思った。
「まぁ、どうだっていいさ。僕は生涯、ネフィの味方なんだ。何度も聞かされた昔話なんて、僕には響かない」
コルエが杖を取り出した瞬間に光の玉が無数に表れるが、一瞬で消滅する。
「随分と焦っているようだね。君の光と爆発の魔法は、僕が封じさせてもらおう」
あえて動かなかった。察したコルエは、アリュスを一瞥した後に懐に忍ばせていた小さな手帳を取り出す。
無地であったページに、フローラの名前と〈光と爆発の魔法〉の文字が焼き印される。
「僕は魔法の解除と封印が一番得意なんだ。一時的なものだが、役に立つ。アリュスくんは魔力を温存してくれるかい?」
パンジーの生み出した瓦礫の巨人をいとも簡単に倒し、向かってくる少女達を全て拘束できたのは、全ての魔法を零にするコルエの御業である。




