46話 その体は
結晶が砕け、消え、構成される。爆発が幾度も発生し、巻き上がる砂煙の中から光線と地上へと出現する光の槍に、ネフィリアードは紙一重で避けていく。
「なんで当たらないかなぁ」
フローラはそう言いながらも、楽し気に笑う。
その瞬間に地面からルビーの植物が何本も勢いよく伸び、フローラへと襲い掛かる。しかし彼女は、翻す様に意図も容易く回避した。
杖の無いネフィリアードが結晶の民を召喚できるのは、一体のみ。だが、その結晶の民の出現、崩壊、別の個体の出現までの速度が速い。彼らの能力も引き出せるのは1つだけの様子だが、再出現では別の引き出しを開けてくる。油断が出来ない。
結晶の民の使役。想定していたが、ここまでのモノとはフローラも思っていなかった。
極氷の民の死体は魔法の触媒として、利用価値があり過ぎる。
益々ネフィリアードの死体が欲しくなった。
「もっと力を見せてよ!!」
地杖の先端に取り付けられた赤い宝石が強い輝きを放つ。
まばゆい光の3重の輪が出現し、それぞれがゆっくりと回転を始める。
徐々に速度と輝きが強まり、あえて強力な魔術の予兆を見せている。
「さぁ、どうする?」
フローラは魔法の杖を通して効率化させているが、魔方陣は肉体に刻まれている。無効化は困難だ。
強力な攻撃魔術に対し、周囲の建物の倒壊による二次被害から身を守るためにも、全身を覆う防御魔法だけでなく時間が必要だ。その時間に次の攻撃を仕掛けられては、防御一辺倒になってしまい八方塞がりとなる。
ならば、
「水巨鯨」
その瞬間、建物群よりも巨大なアクアマリンの鯨の上半身がせり上がる。
地上を水面に見立てる鯨は上半身を直角に飛びださせ、フローラめがけて勢いよく頭部を打ち付けるヘッドスラップを炸裂させる。
結晶の民は見た目こそ冠する名の宝石そのものだが、硬度は同一ではない。
「なんでもありか!」
空間転移の魔術によって逃れたフローラだが、放とうとしていた魔術は水巨鯨の上半身へと飲み込まれ、その体内で暴発し終息する。
水巨鯨は地面へと身体を打ち付けるとアクアマリンの水しぶきを上げ、そのまま海へと帰るように消えて行く。
即座にフローラの視界は、即座に薄紫の濃霧に覆われた。
そして、霧の中から現れたネフィリアードはフローラに接近し、彼女の持つ地杖を掴んだ。
彼女の保護の為に、杖の主導権を奪い弱体化させようとしたのだ。
しかしその甘さが災いした。
「その体、貰うね?」
2人の間に出現した小さな光の玉が圧縮し、そして目を潰す程の閃光を放ち爆発をする。
周囲に爆風が発生し、建物の多くに亀裂が走り、ガラスが割れた。
直撃を受けたネフィリアードは容易く吹き飛ばされ、建物の壁に全身を強打しそうになる。消えていなかった紫霧の大蠍がすかさず建物との間に入り、衝撃から彼を守るための緩和材となった。
だが、あの光は彼の上半身、顔を狙って爆発をした。直撃を受けた彼は、自ら動くのは困難だ。
治癒の能力を持たない紫霧の大蠍は、回復を待つ為に安全な場所まで彼を移動させようと霧を発生させる。
「気配がまる分かりだよ。術者が駄目になると、流石の結晶の民も弱体化するんだね」
くるりくるりと地杖を回しながらフローラは、1人と1匹にゆっくりと近付く。
勝利を確信したフローラだが、足を石畳に付けた瞬間、地面がえぐり取られたかのような感覚に陥る。一歩後ろに思わず下がれば、背後から引っ張られ谷底へ落下する感覚が全身を通り過ぎる。
「なんだ……?」
身体への損傷は全くない。だが、頭が警鐘を強く鳴らす。
「近づかないでくれる?」
薄紫の霧の中から、誰かの声がする。ネフィリアードのものではない。孤立させたはずの〈ペット〉の声だ。
戦闘経験豊富な姉達に対処を頼んだだけでなく、この神殿までは距離がある筈だ。
「包帯グルグルの……へぇ、無傷で良くここまで来たね」
突風が吹き、霧が晴れる。やはり上手だったか、とフローラは感心をする。
託した紫霧の大蠍は消え、そこにはネフィリアードに肩を貸すアリュスの姿があった。
「わざわざ霧を晴らすなんて、馬鹿じゃない?」
「馬鹿で結構。俺の方が強いから」
一瞬苛立ったフローラだが、ネフィリアードを見て満面の笑みを浮かべる。
頭から顔、そして肩や胸の周辺を負傷した彼からは、一滴の血も流れてはいない。
その傷を覆うのは。
否、その肉体そのものが、氷河に閉じ込められた空の色を湛える結晶である。
「はははは! やっぱり! ママの言っていた事は、本当なんだ!」
感極まり、フローラは飛び跳ねながら喜ぶ。
「星界神石! 殻の神の具現化! 結晶の帝王!」
死体が欲しいのは、それが理由か。
その名を聞き、アリュスは目を細めた。




