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蒼虹結晶の樹の元で2人は契を交わす  作者: 片海 鏡


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45話 寿命

 放送が流れた。

 何処からともなく花びらがひらひらと舞い、遠くの雷雲から音が聞こえてくる。


「魔法は楽しさがあって良いな。魔術とは大違いだ」


 アリュスは何処からともなく生み出した簡素な木製の椅子に座り、少女達の動向を見守っている。


「くそっ……何なんだ!」


 黒髪の少女は苦虫を嚙み潰したように歯を食いしばり、悔しさと怒りを滲ませる。

 妹の1人は体力の限界を迎えて息を切らし、またもう1人の妹は魔力不足で手を振るわせ始めている。

 戦闘が戦闘になっていない。

 たった廃棄された出来損ないである筈のアリュスに、少女達は手が出せなかった。

 全ての魔術を無効化されてしまう。

 近付こうとすれば空間が歪み、弾かれてしまう。

 魔術と魔法双方の知識のある少女達は、何が起きているのか全く把握が出来なかった。


「どんな新作の魔術だろうが、基礎は同じだからね。それに少し手を加えるか、消すかだ」


 簡単に物を言うが、余りにも高度な技術だ。

 魔方陣や魔術の詠唱文には強い意味があり、さらに術者の魔力が加わっている。正確に構築しなければ最悪の場合、暴走する。制御が効かなくなり、術者の魔力を吸い上げ続け、周囲を巻き込む程の大事故を起こしてしまう。

 何処の文字、意味を消せば無効化できるのか。膨大な知識と的確な判断力が必要だ。

 アリュスは最初に指を鳴らして以降、動作無しで認識できる魔術全てに干渉し、消し続けた。

 次元が違う。黒髪の少女は其れを最初の時点で認識していたが、立ち向かわなくてはならなかった。


「気付かない? 気付けない? それとも、分かりたくない? まぁ、どれにしても負けを認めて、降伏してくれると俺は嬉しいな」


 彼は椅子の上で胡坐を掻き、頬杖を突きながら少女達に向けて言った。


「ふざけるな。我々は、フローラの為にこの国を」

「ここで機能停止してしまったら、君達の末っ子が悲しむじゃないの?」


 黒髪の少女は怒りや焦りの感情が抜け落ち、立ち尽くした。

 気付かないわけがない。気付けない程に馬鹿ではない。分かっている。分かりきっているから、現実から目を逸らしていたかった。


「……おまえは、何処まで見えているんだ?」

「初対面の時に、薄っすらと。この拠点に着いてから大まかに把握して、君と話して確信を得た。あの子の大胆な行動は、君達の為でしょう?」


 息が詰まる。しかし、聞かなければならないと少女は思った。


「私達の寿命は?」

「あと18日」


 ホムンクルスは寿命が短い。

 人間が経験と修業、時に世代を超えて積み重ね、身体に馴染ませてきたモノをホムンクルスは一代に押し込めている。身体にかかる負担は凄まじく、人間であれば踏み止まれる限界を幼い彼女達には分からない。

 たとえ製造者によって寿命を設定されていなくとも、身体から発せられる悲鳴に気付かない彼女達は、無理に無理を重ねて10年も経たずに停止してしまうのだ。


「負けを認めたくないのなら、交渉しようじゃないか」

「交渉、だと?」


 無意識に下を向いてしまっていた黒髪の少女は、顔を上げる。


「俺は、君達を延命できる。聖誕際の翌日までもたせる」


 その言葉に、少女達は言葉を失う。


「君達の限界の近い魔光炉に、細工をする。魔術は一切使えなくなる代わりに、その魔力を生命維持に使うんだ」


 魔光炉は文字通り魔力を利用した炉の名称であるが、ホムンクルスの場合は心臓を意味している。

 ホムンクルスが短命な理由の一つに、魔力が血液の代わりに流れていることにある。

 彼女達にも液体は流れているが血の役割を担っていない。傷や病気を治すのは、体内に組み込まれた治癒の魔術だ。

 人間もまた魔力が全身に流れているが、血液が生命を守る最後の砦として機能している。彼女達は生命維持の魔力すら魔術に消費してしまい、魔法炉が過度に動き続けた結果、早い段階で限界を迎えるのだ。


「魔光炉を新たに製造し移植する事は、出来ないのか?」

「それをやって救えた命は無いよ」


 ホムンクルス達の魔光炉は、見た目こそ人間の心臓だ。アリュスであれば、性質も同等のモノが作れる。だが移植できるのは、ある程度の健康と体力、そして回復力のある身体でなければならない。

 彼女達の身体は、健康ではない。常に限界を超えられるように設計され、魔術が複数刻み込まれている。移植すれば、術式に反応し魔光炉が暴走しかねない。

 人体実験によって、無理やり心臓に魔光炉の性質を持たせた被検体達もそうであった。

 アリュスは殺した分、助けようともしたのだ。


〈初めて夜空を見たわ。あなたの言った通り、とても綺麗ね〉

 ある女性は静かに涙を流しながら溶けて行った。


〈ありがとう。こうやってまともに話せたのは何年振りだろう。人に戻れた気がするよ〉

 ある男性は、砂となりながら感謝を伝えた。


〈付き合わせてしまって、ごめんなさい。最後まで共に居てくれてありがとう〉

 下半身が影へと消えていくその人は、優しく微笑みながら息を引き取った。


〈ねぇ、抱きしめて。ぎゅってして〉

 鱗に覆われた小さな両手がこちらに向けられる。


〈僕の名前! ボクのナマエだ! 考えてくレて、あリがとウ!〉

 石に侵食される子供は晴れやかな笑顔を浮かべた。


〈死にたくない死にたくナいシにタくないシニたくないしにタくナい〉

 強く強く手を握りながらも、その人は決してこちらを傷付けようとはしなかった。


 掌から零れ落ちて行く命は砂漠を形成し、風と共に消えていく。

 どんなに足掻ても虚しくなるばかりで、罪滅ぼしすら許されず、生きる気力を失った。


「…………負けを認めれば、貴方は私達を助けてくれるのか」


 悩みに悩んだ彼女の問いに、周囲の少女達は驚きの表情を見せる。


「気休めでもね」

「なぜ、そこまでするんだ? 赤の他人だろう」

「いやぁ、他人だけど、他人じゃないというか……」


 アリュスはそう言って、左目を隠している包帯に手をかけ、上へと捲った。

 白い肌。下ろされていた瞼がゆっくりと開かれる。


「あっ……」

 黒髪の少女は目を見開き、そして閉じる。大きく息を吐いたのちに再び瞼を開けた時には、その瞳に覚悟の色が強く浮かび上がる。


「貴方の言葉を信じます。どうか、あの子を助けてください」


 その言葉に、アリュスは椅子から降りると少女達へと歩み寄った。


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