41話 白い指
アリュスは、ネフィリアードとは別の場所へと空間転移魔術によって飛ばされた。
場所は北西の住宅街だ。王都クリアステルとは違い、潮風に晒されて傷んだレンガが積み上げられた建物を通り過ぎていく。
住民である筈の魔女の気配は一切しない。工場の労働者と同じく何処かに捕らえられている様だ。
「やっぱり離されたか」
1人になっても心細さを感じないアリュスだが、ネフィリアードが心配で仕方なかった。
黒翼の団第一部隊隊長であり、ロズマキナ唯一の獣人の肩書を持つ彼は、自分を律する事の出来る立派な大人に見える。だが根は寂しがり屋で、格好をつけで、背伸びばかりし続けて自分の痛みには鈍感な青年なのだ。
平静を装っているが、重度のトラウマを背負っている。
悲惨な過去を幼過ぎたが為に覚えていなかった。なんて、嘘だ。
自分と他人の区別が出来る一歳半から三歳歳頃から、人によっては断片的に覚えている。特に失敗や衝撃的な出来事は記憶に残っている場合が多い。
フローラの話しから、彼が心身ともに痛めつけられていたのは容易に想像が出来る。記憶能力が確立していなくとも精神の異常、言語能力や歩行能力の不全が発生している。完治するまでの過程には苦痛が付きものであり、それを覚えていない筈がない。
魔女がやったのか、それとも本人が自分自身に無意識で暗示をかけ、記憶に蓋をしているか。どちらにしても、これ以上精神的に追い込むわけにはいかない。
「へぇ……揃いも揃って、手練れだね」
しかし、相手はこちらの要望を聞くはずがない。
アリュスは一切慌てずに、目線と口の身を動かす。
視界に入る数で6人。建物の屋上や物陰に35人控えている。
失敗作とされる兵器に対しても彼女達は油断をせず、臨戦態勢を取っている。
「帝国人との戦争に駆り出されていた戦闘用か。流石だね」
帝国はこの南防衛拠点でホムンクルスの研究を共同で行った。そして、研究成果のみを奪い、証拠を隠滅する為に戦争を仕掛けた。その側面も見えてきた。
そしてホムンクルスの少女達が前線に立ち、魔女達は安全な場所から命令を続けた。
それを物語る様に、彼女達に捕えられていた赤翼の魔女達は、黒翼の魔法騎士と違い素人同然の動きだった。長期間捕えられ、身動きが取れなくとも訓練で染みついた姿勢や足運びは、無意識下で残っているものだ。しかし彼女達には欠片も無かったのだ。
新たな交渉相手を見つければ良いものを、馬鹿の一つ覚えの様に帝国に再び近付き、甘い汁を啜っていたのだ。
「あまり戦いたくは無いんだよね。特に子供とは。平和に解決しようよ」
「それは出来ない話だ」
服屋で見た黒髪の少女が、アリュスの言葉に対して返した。
「あれー? 君たち、自我を持ってるんだ? てっきり司令塔の新型くんの命令しか聞けない旧型かと思ったよ」
煽れば、少女達は素直に不機嫌そうに顔を歪ませる。
ホムンクルスは生まれながらにして、ありとあらゆる知識を身に着けているとされる。だが、それはあくまで古き錬金術師が作り出した個体だからこそ。好奇心豊かな彼らに興味を示した妖精達が一時的に受肉した姿だ。
現代の其れは、ただ名前を借りているに過ぎず、原理が全く違う。
あれは精子もしくは卵子の中に在る人の雛形と人工雛形を掛け合わせ、胚発生させ、産み出した疑似生命体だ。女性から産まれた子供よりも、多くの長所と大きな欠陥を有している。
身体は人間よりも遥かに高い能力を秘めているが、自我が希薄なのだ。
声をかけても反応しない。口に食べ物を入れても、飲み込もうとすらしない。
生物として最大の欠陥を持っていたのが〈旧型〉だ。
そして、ある方法で克服し、自我を持ったのが目の前にいる〈新型〉だ。
けれど不完全な魂と体であるのは変わらない。服の表と裏を返すように、無理やり外へと出された子供達だ。
よくここまで到達したものだ。
賢いだけの馬鹿な学者共の愚行に巻き込まれた子供達が、哀れで仕方がない。
「俺を人質にしたいだろうけれど、其れは無理だ。君達は俺には勝てない」
「失敗作の癖に、自信満々だな」
「そう言っていられるのも、今の内だ。さっさと負けを認めて、俺と取引をしよう?」
「戦ってもいないのに、何を……!」
命乞いも無く、余裕綽々と言った様子のアリュスを見て、少女達は苛立ち両手を天へとかざす。
複数の式で構成された巨大な魔方陣が浮かび上がり、光を放ち始める。
「失敗とは誰が言い始めたのやら」
アリュスは天へと右手を掲げる。
パチン。
親指と人差し指によって軽快な音が鳴る。
その瞬間、巨大な魔方陣は霞となり、最初から無かったかのように消え失せた。
呆気にとられ、戸惑い、ある少女は其の現象に膝を折る。
知識のある者なら分かってしまう。戦意を消失するには、充分過ぎる程の力量の差を見せつけられた。
彼は魔術を全て看破し、無効化させた。
「おまえ……その体は、偽りだな!?」
黒髪の少女は、大切な家族の為に己を奮い立たせる。
はらりはらりと枯葉が静かに落ちる様に、アリュスの右手に巻かれた包帯が解け、落ちて行く。
露になった手は、骨と皮ではない。
「失敬だな。母からの最初で最後の贈り物を捨てる筈がないじゃないか」
白く長い指が天を指す。




