36話 毒の朝食
南の拠点はフローラの手の中に在る。ネフィリアードの自宅前と同じく、この拠点にも空間転移の魔術が潜んでいる。コルエ達が救助に来てくれたとしても、何処かに飛ばされかねない状況だ。まずは、空間転移の魔術の魔方陣を見つけだし、細工をするのが先決だ。
アリュスはその方法についてネフィリアードに伝え、作戦を練って行った。
そして一夜明け、分厚い灰色の雲の切れ目から日が差し込む朝を迎える。
南防衛拠点アネモスの赤翼の騎士団屯所にて、ネフィリアードは、フローラから朝食に呼ばれた。昨晩は断りを入れて早々に就寝するフリをしたが、今回は行かねばならない。
ネフィリアードはアリュスと共にメイドに案内されながら、会議室へと向かった。
「やぁ、おはよう」
すでにフローラが椅子に座っていた。
場所は会議室であるが、長テーブルにはレース生地のテーブルクロスが全面に敷かれている。椅子は会議や事務用ではなく、座面と背面には赤いクッション素材が使用されたネコ脚の豪華な作りだ。フローラが座る椅子を含め合計13脚あり、ここが会議室として使われていたのか疑念を抱かせる。
最も異様な光景なのは、10脚の椅子に赤翼の騎士団と思しき成人を迎えた魔女が座っていることだ。食事を摂る為に両手は自由にされているが、恐怖によって青ざめる彼女達の胴体は縄できつく縛られている。彼女達の髪は脂ぎっておらず、白いシャツに黒ズボンと簡素な服装だが新品のように綺麗だ。化粧はしていないが暴力を受けた跡も無い。全員が付けている犬の首輪に似た黒いチョーカーの周りも、圧迫等の跡は見受けられない。
フローラ達の起こす行動は、常にどこか歪で不気味だ。
「昨日は折角美味しい夕食を用意したのに、拒否するなんて酷いじゃないか」
「君の魔術による魔力酔いを発症したようでね。食欲がわかなかったんだ」
魔力酔いは、生成され始めた魔力に身体が適応していない幼少期や、大人になっても大量の魔力に当てられた際に発症をする。船酔いや乗り物酔いに近く、吐き気や食欲が無くなる場合が多い。
実際に彼が口に出来たのは、アリュスが食べさせた苺とそれが乗っていた小さなケーキ、スコーン、キュウリとトマトのサンドイッチを一個ずつ。そして紅茶一杯のみだ。アリュスもまたその量しか摂取していない。
毒に対する懸念はアリュスが払ってくれたが、ネフィリアードは魔力酔いを発症していないにも関わらず食欲が湧かなかった。
「ふーん? まぁ、お菓子もあまり食べれてなかったようだし、仕方ないね。大目に見てあげる」
フローラもしくは仲間内でも、似た症状があったのだろう。ネフィリアードの発言をフローラはあっさりと信じた。
「ほら、帝王もペットも椅子に座って」
ペットと呼びながらアリュスを人扱いしている。昨日のネフィリアードの反応を見て、ある程度は譲歩したようだ。
2人は警戒をしつつ、大人しくフローラの隣の席へと座った。
「今日はアタシの好きなレースチーズ入りのパンケーキにフェアリードラゴンの目玉焼きと、メープルブロッコリーのサラダ! スープはねー」
ぱたぱたと足を上下に振りながら、フローラは嬉しそうに鼻歌交じりにネフィリアードへ伝える。その様子は、大好きな家族との会話を楽しむ子供に見える。
しかし、視界の端では騎士団の面々は身体を小刻みに震わせている。
テーブルに料理が並べられ、柔らかい甘さのある香りが漂う中、ネフィリアードは嫌な予感がした。
「帝王、食べないの? 一番おいしいのは今だよ?」
フローラはそう言って、切り分けたパンケーキを口いっぱいに頬張る。
美味しさに興奮し赤くなる頬は可愛らしく、無邪気なものだ。
周りの魔法騎士達は震えながらも食事を始める。
「あぁ、いただかせてもらうよ」
ここで躊躇っては、何が起きるか分からない。ネフィリアードがナイフとフォークを手に取り、パンケーキを食べやすい大きさに切り分ける。
パンケーキの生地の中には、白いチーズが挟み込まれている。まだ温かい生地の切り口から、綺麗な花のレースの形に垂れて行く。
乳製品の甘い香りが食欲をそそる。一口大に切り分けたパンケーキをフォークで刺そうとした時だった。
何か重いものが落下し、陶器にぶつかる大きな音がした。
その音のする方を向けば、出入り口の扉に近い席に座る赤翼の騎士団の魔女が、パンケーキの盛られた皿に顔を沈めていた。
恐怖のあまり途中で意識を失ったのだろうか。
嫌な予感が的中し、ネフィリアードは思わず立ち上がろうとしたが、アリュスが彼の袖を引っ張った。
「今日の当たりは彼女だね!」
嬉々としてフローラが言うと、意識不明の魔女の元へメイド達がやって来る。
胴体を縛る縄を解き、起き上がらせ、皿から顔を離す。チーズとパンケーキの切れ端が付着する顔は血の気が無く、白眼を向いている。震える唇は紫がかり、恐怖だけが原因ではないと伝えている。
これは、毒だ。
温かい乳製品の強い匂いによって覆い隠され、ネフィリアードですら判別が出来なかった。
「帝王。安心してよ。あなたとペットの朝食には、入れていないからさ」
「そういう問題ではないだろう」
毒に当てられた魔女は、メイド達に担架で運ばれ、退室した。
手馴れた動きに、毎日繰り返されているのが嫌でも分かってしまう。
「彼女の心配? 大丈夫だよ。ちゃーんと解毒するからさ。それまでの辛抱だよ」
そうだよねぇ、とフローラは魔法騎士達に同意を求める様に訊いた。
「アナタ達が始めたゲームなんだから、最後まで責任もって遊んでね。アタシ達はもうやりたくないから」
彼女達は無言で頷き、食事を再開する。
いずれかの料理に毒を混入させていたのは魔女達であり、それを食べさせられていたのはフローラや少女達だった。そう言っている様に聞こえ、ネフィリアードは困惑した。
「そうだ! 帝王! 朝食を食べ終わったら、街の中を案内してあげるね!」
「あ、あぁ、よろしく頼む」
その答えに満足したのか、フローラはパンケーキを口に運ぶ。
震える魔女達の持つスプーンやフォークが皿にぶつかり、カチャリカチャリと音を立てるが、フローラ達は特に気にも留めていない。
アリュスが手を止めてしまったネフィリアードの袖を、もう一度引っ張る。
我に返ったネフィリアードは、切り分けたパンケーキをフォークで刺すと口へ運んだ。
乳製品の甘さ、焼けた生地の香ばしさが鼻を抜けるが、今の彼の舌は何も味を感じなかった。




