35話 ギガンテス号
分厚い雪雲の上に月が登る夜。王都クリアステルの黒翼の騎士団屯所では、ネフィリアードと要監視対象のアリュスが行方不明になり、大騒ぎになっていた。
表向きこそいつも通りだが、第一部隊は特に落ち着きがなかった。
ネフィリアードとアリュスが行方不明になったから、不安になったのではない。
抑止力がいない今、まさしく暴走の一歩手前のコルエに対して、警戒態勢を取っているからだ。
「ネフィを救出するには、沢山の人手が必要だ。けれど、この猛吹雪の中を箒で進むのは危険だ。こういう時こそ、僕の出番だね」
「何か策があるの?」
やる気に満ちているコルエとは対照的に、ミランジュは冷静に問いかける。
アネモスに膨大な魔力が発生したのを探知した。別部隊からそのように報告が入った。
ほぼ同時期にネフィリアード邸の前でも、同様の魔力を探知している。何らかの魔法が発動し、2人はアネモスに飛ばされたと考えられる。
しかしロズマキナには、別の場所から別の場所へと一瞬で移動する魔法は無い。ネフィリアードのみが、造形魔法によって通路を構築する事で、長距離の移動を極めて短時間にする偉業を成しているが〈一瞬〉ではない。
転移とは、目的地と現在地の空間同士を一時的に隣り合わせにすると言っても過言ではない。成功させるには膨大な魔力だけでなく、その空間同士の繋ぎ目を行き来する対象の魔力耐性も必要だからだ。
魔力は有益な力であるが、毒でもある。
特に魔力を含む薬や他社の魔法による身体を活性化させた前後では、中毒性が非常に高くなる。原理は違法薬物の摂取に近いだろう。身体が元の状態に戻れば疲労が襲い掛かり、思考能力が低下する。その状況を脱却するために再び活性化させる。やがて脳は活性化状態を〈通常〉と誤認し常に魔力を欲するようになり、やがて体と自我が崩壊する。
そのため魔女達は、火を付ける等の外部に働きかける魔法のみを使用するのだ。
転移する際には、身体を侵食しかねないその毒の天幕を潜る。
訓練を受けている騎士団であっても、耐性には個人差がある。身体にどのような影響を及ぼすか分からず、命を脅かす危険性から転移の魔法は不可能と判断され、研究と開発は中止された。
「あるとも。少々時間はかかるが、皆が一緒に行ける方法だ」
一緒に来てくれとコルエは事務室から歩き出し、ミランジュ、リュアンナ、ニケを含む隊員8名も後を追う。
辿り着いたのは応接室だ。
「ようやく僕の新作が日の目を見る時が来たんだ。ネフィの為なら法律だって破ってやる」
「怖いこと言わないでちょうだい」
雑談をする様に軽い口調で話され、ミランジュは〈仕方ない子〉と妹に言う様に咎める。
「殺人じゃないのだから、良いだろう?」
「ダメなものはダメよ」
「でも、今は非常事態だ」
コルエは問題児であるが、殺人や薬物、詐欺の様に犯罪には一切手を出さない。
だが自分から〈違法行為〉と認識し、宣言した上で披露しようとするのは、今回が初めてだ。
「そこまで言うのなら、違法かどうかはこの目で確かめさせてもらうわ」
さすがはミランジュ、とコルエは言うと、杖を取り出す。
学園に入学した魔女の娘が親から貰う一般的な木製の杖。使い込まれた杖の先端をソファとテーブルに向けると、浮遊魔法によって左右へと移動をする。
それが起動の合図となっているのだろう。家具が移動し空いた空間に、扉の形が浮かび上がる。
「ま、まさか応接室に地下を作ったのですか!?」
同行していたリュアンナは顔を青くし、他の隊員達は目を丸くする。
「そうだとも。ここの部屋は使う頻度が少ないからね。有効活用さ」
コルエがくるりと杖を振ると、地下へと続く扉が開いた。
扉が開錠と共に光の魔法が灯り、その中には手すりが付いた建築基準を守っている階段が長く続いている。
屯所は、訓練を受けた魔法騎士達が一日中待機をしている。そんな中で、謂わば〈秘密基地〉をコルエは秘密裏に造り上げ、違法の何かを生み出していた。
「さぁ、行こうじゃないか」
コルエはさっさと階段を降り、ミランジュ達もそれに続いた。
到着したのは応接室の倍以上はある広い空間だ。演習場ほどの異様に広い空間は全て白で統一されているが、床には道具や金属の板などの材料が散乱し、壁も一部汚れている。
「王都の〈外れ〉の職人達と共に制作した自信作! 名付けて、ギガンテス号だ!」
自信満々にコルエは巨大魔動車をお披露目した。
「で、でかい」「こんな大きい魔動車初めて見ました」「何で作っちゃうかなぁ」「ギガンテスって他国の伝説上の生物だっけ」「走らなければ、ただの小屋で通せるかも」「隊長、絶対怒りますよ」「胃薬……」
隊員達は口々に言い、リュアンナは呆然とそれを見上げる。
細かな棘が表面に生える樹脂製と思しき直系1mの黒い車輪が、合計12個。さらに1m上の位置に金属で覆われた操縦室がある。それだけでも規格外だが、さらに驚かされるのが、操縦室の後ろに連結された200人が乗っても余裕のある長方形の貨物用の巨大な箱だ。
現在使われている魔自動車は、貨物置場と操縦席が一体化している。高さ自体は、フィリアードとほぼ同じだ。この魔動車は普通車の高さは1.5倍、横の幅も同じくらいはある。連結された貨物部分も含めれば全長は3倍近くあるだろう。
荷物の移動を行う車としては革新的であるが、無許可で制作されている。
確かに〈違法〉であると、一同は再認識する。
「ちゃんと動くのかしら?」
「あぁ、もちろんだとも。貨物部と連結を外して、走行テストを何度もしたからね。雪対策や魔法への防御面もばっちりさ。休みなく走れば、半日でアネモスに着くはずだ」
「すごいじゃない!」
コルエは〈問題行動を起こすかもしれない〉とネフィリアードの指示によって、勤務中は常に誰かと行動を共にしている。退勤後に少しずつ進めていたとしても、応接に頻繁に出入りしていたら、いずれ誰かに気付かれるはずだ。さらに、その大きさから走行テストは城壁の外で行っているのは確実だ。
一体いつから、これを。
皆がそう思う中で、コルエは嬉々として操縦室へと続く短い梯子に手を掛ける。
「リュアンナ。一緒に来てくれ」
「えっ、私……ですか?」
「君は魔動車の運転許可証を持っているだろう?」
魔動車は、誰でも購入し乗れる代物ではない。安全な操縦法、その際の魔力配分、燃料となる魔力結晶の量の把握、法を元にしたルールなど技術と知識を持った人でなければ乗ることを許されない。
一定期間講習を受け、筆記と実技の試験に合格すると、その場で操縦許可証が授与される。そうして、ようやく魔動車の購入へと進められるのだ。
リュアンナは騎士団での運用が始まる事と見据えて、密かに講習を受けていた。先週行われた試験で見事合格し、許可証を貰ったのだが、まだ隊長であるネフィリアードにすら伝えていない。
「い、一体どこで、その情報を」
「僕だからね。何でも知っているさ」
不敵な笑みを浮かべるコルエに、リュアンナは寒気がした。
操縦させられるのは、間違いない。だが、運転許可証を貰ったとはいえ、こんな大型を運転する技術は持ち合わせていない。余りにも無謀だ。
「心配はいらないよ。僕が補助をするんだ」
「そ、それは大変心強いですが……え? コルエ先輩は許可証無しで、これまで走行を……???」
拒否権が最初から無い状態のリュアンナは、助けを求める様にミランジュを見る。
「応援しているわ!」
花が咲き誇りそうな美しい笑顔を目の前に、リュアンナは心の中でネフィリアードに助けを求めた。




