34話 幼馴染の心配
「ところで、どうやって脱出する? それとも助けを待つ?」
アリュスは銀のスプーンで焼菓子の側面を軽く叩きつつ、毒や術が掛けられていないか確認をする。
空間転移魔術には、膨大な魔力が必要だ。ロズマキナの魔法の天幕などの防衛を担当する団や第一部隊の隊員達が、それを察知しない筈がない。南を示し続けた今回の事件、そしてネフィリアードの自宅前で発生となれば、魔術が何であるか分からずとも誘拐や拉致と結びつけられる。
今頃は大騒ぎとなり、救出の為に対策委員会が発足され、作戦が練られている筈だ。
「君の言っていた空間転移の魔術をフローラが使いこなす以上、ここは彼女の掌の上と思った方が良い。下手に脱出したところで、思う壺だ。助けを待つ傍らで、拠点の内部がどの様な状況か調べよう」
ネフィリアードは、手の平の上に結晶の小さな鼠や蜘蛛を魔法で8匹作り出す。
魔法使いの力を最大限に発揮させ、魔力の効果を高める媒体である杖が今は無い。造形魔法の精度が落ちやすい今、フローラたちに気付かれないように隠密行動をさせる為に数を最小限に絞ったのだ。
「皆が来たらどうするの?」
全ての菓子を確認し終えたアリュスは、バタークリームとドライ苺が飾られたカップケーキを手に取り、口にした。どこか素朴さのある見た目だが、使われている素材は上質なものばかりだ。作り手の腕前も、申し分ない。
どの菓子にも毒も術も無く、フローラの様におかしな無垢さがある。
「ミランジュなら、皆を統率してくれる。コルエは……心配だな……」
手から離れた結晶の小動物達は物陰に隠れ、扉が開く数少ない機会を狙っている。
「コルエさんは、弱いの?」
歯切れの悪い回答に、アリュスは問いかける。
「弱いどころか、私が知る中で指折りの強さを持っている。天才の中の天才だ」
ネフィリアードはそう言うと、ため息をついた。
「ただ、彼女の行動は予想が付かない」
魔法は思い付きでもある程度の効果を出すが、戦闘用は完全に別の枠組みと言える。訓練を受けた魔女なら誰でも一定の威力が出せる様に、ある種の〈一般化〉と〈安定性〉が追及されているのだ。長い年月をかけて研究されてきた魔法に比べ、作られたばかりの魔法は想像よりも威力が弱いか、強すぎるかの二択だ。また魔力消費量を考慮していない場合が多い。後先考えず威力の高さのみを追求した魔法を一発放ち、急激な魔力消費に身体が追い付かず失神をする事態が今も尚発生している。
コルエの場合は、思いつきであっても充分過ぎる威力を発揮し、魔力の消費量を最低限に抑えている。時には画期的な魔法を産み出す天賦の才であるが、全てはコルエの頭の中だ。彼女にのみ使用可能とする高難度の技術が隠されている。
そんなコルエの魔法はいつ何時作られ、何が起きるのか予想が付かない。
王都外の演習場へ移動中、クレーターを発見し、疑似的に隕石を降らせる魔法を作る。
授業でモグラの生態を知り、地下を走らせ目標の下から爆発させる魔法を思いつく。
昼食中に、不可能とされていた氷の中に炎を閉じ込める魔法を完成させる。
などなど、学生時代には所かまわず思いついては、魔法を作り出し、大騒ぎになっていた。今は王都を守る立場なので落ち着いてはいるが、フローラ達と戦闘になれば、彼女が何をしでかすか分からない。
「それで心配かぁ……」
最近は魔法道具の開発が趣味なようだ、とアリュスは首飾りを思い出す。
「もしかして、魔動車を勝手に作ったり?」
「ありえる」
魔動車は、車輪を連動して回す為の機械が組み込まれている。それは部品の製造から組み立てまで携わっている工房が開発したものだ。女王の名のもとに機密保持契約が成され、情報が外部に漏れないように徹底がされている。
しかし〈箱に車輪を取り付けて動かす〉と簡単な動作だけなら、腕に覚えのある魔女なら出来てしまう。それを予見し、女王や政治の魔女は走行認定書、免許等の法律を整えた。しかしネフィリアードには、コルエが別視点から制作をし始める姿が容易に想像出来た。
「しかし、まぁ、この非常事態だ。コルエだけが問題ではない。今は彼女達の事よりも、一番危ない状況なのは私達だ。どう動くべきか考えなくては」
「うん。作戦を練らないと」
アリュスはそう言うと、小さく切り分けられた生クリームケーキの上に乗る苺にフォークを刺した。そして苺をネフィリアードへと向ける。
「はい。食べて」
「本気か?」
「うん。食べれる時に食べないと」
それはそうだが、とネフィリアードは戸惑うものの、アリュスの厚意を無下にする気はない。小さくため息をついたのち、彼は少し前のめりになると口を軽く開けた。
アリュスはすかさずフォークに刺さる苺を彼の大きな口へと運んだ。
「……この時期にしては、甘いな」
嬉しそうにするアリュスを見て、ネフィリアードは照れる様に苦笑をする。




