33話 贈り合い
「完成しようがしなかろうが、使い潰し続けて来たのか。実験体の確保に、周辺諸国や発展途上国から買って良そうだな……あまりにひどい」
金よりも人権の価値が安い国は、帝国に手を貸した。
人身売買。拉致。誘拐。売春。そして子供の生産、適応した個体の教育、訓練、実験。新たな術式へ適応できる強靭な体と心を作るために、子供達は毎日殺し合いをさせられる。
繰り返し。繰り返し。明日を生きるために、昨日笑い合った友を殺す。
限界に達した子供は精神が壊れ、寸前で踏みとどまった個体は何かを信仰し始める。
20歳を迎えられる個体は、一握りにも満たない。
そして、最終選別に合格した個体は、人間の殻に封じ込められた魔導兵器となる。
彼らは帝国内外で発生する戦争に駆り出され、多くを殺し、そして道具として破棄されて来た。
「ロズマキナが狙われた理由は、これもあるのか……」
「魔力を生成できる女だけの国だからね。ロズマキナ人を知って、帝国の研究組織は喉から手が出る程に欲しかったと思う」
頓挫した混血を含め、人体実験をするための子供を量産するためには女が必要だ。特に魔力を生成できる女から産まれてくる子供は、その体質を継承している確率が極めて高い。
さらに、この極北の大陸は上質な宝石や魔力結晶が採掘される。資金源だけでなく劇薬が作りやすく、厳しい気候から外に出るのは困難だ。
実験施設にするには格好の場所である。
しかし考えが甘く、泥の舟で大海を進む彼らは厳しい環境に命を削られ、内側から喰われた。
「同情した?」
壮絶さに頭を抱えるネフィリアードに対して、アリュスは問いかける。
「君達の苦渋の人生に共感し、安易に物を語るなんて、私には無理だ」
目線を下に落としたネフィリアードは答える。
共感し、親身に相手を想うのはとても大切な事だ。だが、それが重く暗い過去であればある程に、無責任に軽い言葉で返す事はできない。
体に異常をきたす魔術を刻まれ、中身を捌かれ、誰かを殺さなければ生き残れなかった人生。
人として扱われず、兵器として運用され続けた日々をどうやって思い浮かべ、同情しろと言うのだろうか。
彼が欲しいのは、哀れみではない。
「すまない」
アリュスは目を細め嬉しそうに微笑んだ。
「それで良いよ。俺は、そうしてくれえた方が嬉しい」
生きるために殺した。生きる気力を失っても、殺した。命令がされるままに、多くを殺した。敵も、味方も、視界で動くもの全てに手をかけ、道具として在り続けた。
悲惨な生い立ちから始まろうとも、罪である事に変わりない。
その憎悪、悲痛、重苦、後悔に心が苛まれ身を焦がそうとも、其れは生きた証、数少ない自分のモノであり罰なのだ。
誰かに背負って欲しいとは思わない。一緒に堕ちて欲しいなんて身勝手な考えはない。
ただ、其れを知ってしまっても、変わらずに接してもらえる。
愛情を贈ってくれる。
それだけで、充分だ。
「今の話は内緒にしてくれる?」
「そうしたいが、何も判明しないままでは周囲がうるさい」
「んー、確かに」
きっぱりと断られたアリュスだが、立場については嫌と言う程に理解しているので反論はない。服屋を経営し始めてからは、客の一部に一般人を装った軍人が紛れているからだ。
屯所で軽く交流をした黒翼の騎士団ではない。ネフィリアードが以前言っていた〈白翼〉だとアリュスは推察している。
「君は帝国で言う所の〈失敗作〉に該当するのだろうか?」
「俺のところは途中で頓挫したから、計画としては失敗かな」
「それならば〈帝国は強力な魔力を持つ人間を作り出す実験を行っていた。戦場に持ち込まれたのは生物兵器であり、君や箱の中にいた人々は失敗作だった〉と伝えさせてほしい」
アリュスは、例えは出しても自分に刻まれた魔術に関して、何も話そうとはしなかった。例えの時点で危険極まりないが、より残忍で凶悪な魔術が隠されているのが示唆できる。進み隠さず報告をすれば、好奇心が旺盛な魔女達が彼を徹底的に調べようとするはずだ。その中には、兵器運用の為に魔法として落とし込もうとする魔女も現れる。どの様な現象が発生するのか目の前で確かめたい魔女もいるだろう。
その過程で多大な被害が発生し、全て禁止及び封印指定がされるのが目に見えている。犠牲者を出さない為にも未然に被害を防がなければならない。
ネフィリアードは、情報を削る選択をした。
「そうしてもらえるのは嬉しいけれど、隠しているのがバレたら君の立場が危なくならない?」
「今の話を知っているのは、私だけだろう? 口を噤めば良いだけだ」
「良いのかなぁ」
確かにネフィリアードは口が堅い。一度だって裏切っては来なかった。信じられるけれど、危険を省みない彼をアリュスは心配になる。
「君の魔術の中に記憶を消す力があるのなら、それを使ってもらっても構わない」
「ネフィリアードには使わないよ」
苦笑をしつつもアリュスは、黒く粉々になった銀のスプーンに指先を振れる。
粉は一ヶ所に集まり、銀色の液状となり、元の形へと戻った。




