31話 華やかな檻
長い廊下が続く。扉には〈第一部隊事務室〉などの室名札が取り付けられており、壁紙などの細部は違うが赤翼の騎士団の屯所であることが判明した。ただ、調度品が多い。石像や絵画、どれも年季が入っている。フローラ達が占拠した後に置かれた品ではない。
「どうぞ。こちらです」
メイドの少女に促され、2人が入った部屋は〈仮眠室〉だ。
中には2mあるネフィリアードが大の字になっても余裕がある大きなベッド、外国産と思しき花の彫刻や金の細工があしらわれたドレッサーやソフェ、テーブルと椅子。床には、膨大な時間を費やして織られた複雑で美しい模様の絨毯が敷かれている。もう一つ扉があり、そちらには元々の設備らしい簡素なユニットバスが設置されている。
貴族の自室を彷彿とさせる豪華さがあるが、窓には真新しい鉄格子が取り付けられているのが目についた。
「お茶をお持ちしますので、どうぞゆっくりと寛いでください」
少女達は退室し、部屋には2人だけが残された。
「アリュス」
空間転移の魔術に関して訊こうとしたネフィリアードだが、背伸びをしたアリュスが彼の口元に右手の一指し指を添える。
〈喋らないで。盗聴されてる〉
声に出さず、口の動きだけでアリュスはそう答える。
読唇術によって其れを理解したネフィリアードは小さく頷き、アリュスは彼の口元から指を退かした。
アリュスは扉の前に立つと、そっと音を立てないように触れた。
次の瞬間、部屋の壁全面に魔方陣が幾つも光を帯びながら出現する。
警戒するネフィリアードを余所に、アリュスは空中に円を描き始める。
ペンの様に走らせる指先から光が溢れ出す。頭の中に図面が既にあるのか、迷いなく素早く手を動かし、魔方陣を構築する。
そして最後と最初が繋がった瞬間、アリュスの魔方陣は強い光を放ち、他の陣は消えて行った。
「終わり。これで俺達の会話や動きは、当たり障りのない別のモノに置き換わる」
「複数あったが、それら全て支配下に置いたのか?」
「バレない程度にね。盗聴と監視加えて、俺達が外へ出ないようにする為の防護壁や触れたら電流が走る術式だった。攻撃系の魔術も俺らおとなしくしていれば発動しない」
早口でアリュスは言い、ネフィリアードを通り過ぎ、ベッドの上に座ると膝を抱えた。まるで殻に籠るようだ。
彼が避ける行動をする時は、思い悩んでいる場合が多い。ネフィリアードは無理に近付かず、ソファへと腰を下ろした。
「先ほどは私を抑えてくれて、ありがとう。まだまだ未熟だな」
「べつに……君は怒ってくれただけだし……」
2人の間に沈黙が流れた。
その合間にメイドの少女達が入室し、アフタヌーンティーの準備が始まる。
テーブルに白いクロスが敷かれ、ケーキやスコーンが綺麗に盛られたケーキスタンド、小皿やティーセットなど手早く並べられた。
警戒する2人を察してか、それともフローラからの指示なのか、用意を済ませたメイドの少女達は直ぐに退室をした。
どうするべきか、とネフィリアードはテーブルに並べられた品々を見る。
毒の心配を見透かされてか、ケーキスプーンなどは全て銀製だ。ティーポットやカップ、ケーキスタンドは、白地に青い花の絵柄が描かれている。白磁器は人気が高く各国の工房で作られている。その中でも濁りの全くない白は〈黄金の白〉と称される磁器は、外国のとある工房のみで作られている。限られた白磁器は周辺諸国の王侯貴族の間で売買され、魔女の国ロズマキナには滅多な事では入って来ない。
確認の為に皿の裏面を見ると工房の名前と押印、さらに偽物への対策にシリーズ名と生産番号も書かれている。
本物をこれ見よがしに並べられている。フローラのものではなく、彼女達に占拠される前からあったと示唆される。
「ネフィリアード」
沈黙を破り、弱々しい声でアリュスは彼の名前を呼んだ。
「どうした?」
「……その、ごめん。記憶のこと、内緒にしていて」
アリュスの中に在る魔術は、大量に絡み合っている為に研究の魔女達は解明できていない。研究の魔女達は、それを解明できれば魔法を発展できると期待しているが、彼の姿を見れば、ただでは済まないのが容易に想像できる。一歩間違えれば、魔術が暴走し、研究機関が消し飛ぶ事態になりかねない。だからこそ女王は、不特定多数による監視では無く、ネフィリアードに全てを任せた。
「考えがあっての事だろう。相談はして欲しかった、かな」
アリュスが自我を取り戻した時から、ネフィリアードは薄々気づいていた。
義眼の奥に潜む知性と人間を超越し達観した光。一度もしない足音と流れる様に滑らかな手つき。
あえてやっているのか、それとも無意識なのか。その節々を垣間見る度にネフィリアードは疑問に思ったが、それでも静観を続けた。
養育してくれた魔女達の言葉に従わず、自分の意志で保護すると決めた時から、アリュスを信じているからだ。
「ごめん」
可能な限り優しい声音で答えたネフィリアードに対して、アリュスはもう一度謝罪をした。
「記憶は、全部戻っているのか?」
「うん。自我が芽生えてから徐々に。全て思い出したのは、1年前くらいかな」
魔動車などのぼんやりとした帝国の風景について、彼が言い始めた時期と合致する。
「一度は封印していたけど、自我と一緒に戻って来たというか……」
「どうして封印したんだ?」
「死にたかったから」
率直な答えに、ネフィリアードは言葉を詰まらせた。
どうしてそんな悲しい事を言うんだ。
なんて軽々しい言葉を口に出せる筈がない。
骨と皮だけになった体。溶けて無くなったと考えられる両目。髪は全て抜け落ちた。味覚は無く、空腹を感じず、生物らしい要素は何一つないのに現世にいる。
そんな状況で、生きたいと思えるのか。
ネフィリアードはずっと心の片隅にしまい込んでいた〈彼を生かして良かったのか〉と言う名の悩みの種が芽吹こうとした。
「君は悪くないからね」
「え?」
それを見透かすように、寝返りをしたアリュスは言った。
「だって、自我を取り戻すのを決めたのは俺だから」
「私が回復して欲しい願い、働きかけたのが要因だろう?」
「きっかけに過ぎないよ。どうせ魔術が刻まれた肉体に魂が縛られている以上、無理な話だったし……俺自身が君を見て見ぬふりだって出来たんだから」
アリュスは受け入れて貰えて安心したのか、足を伸ばし、倒れる様にベッドへ横になった。
植物以下の状態のまま無関心を貫き通せば、記憶に蓋をし続けられた。
けれど、アリュスには出来なかった。
「君は俺に戦う以外の色んなことを教えてくれた。それで、なんか良いなって……もう少し生きてみようかなって思ったんだ」
汚物と血の匂いのしない綺麗な部屋。清潔なベッドに真新しい服。不釣り合いな台所で、一生懸命に作られた料理やお菓子。温かい紅茶。絵本の読み聴かせ。寝る前の子守歌。修理してくれた足漕ぎミシン。買ってくれた裁縫道具や材料の数々。贈ってくれる花束。
一つ一つ与えられ、贈られ、受け取って来た宝石よりも尊いもの。
人を人として愛し、尊重し、手を差し伸べるその姿勢に、アリュスは応えたいと強く思ったのだ。




