29話 待ち伏せ
着替えを済ませたネフィリアードは、杖の先端を自身の影へと向ける。
「黒鏡」
影からは黒い結晶体が現れ、繊細な彫刻が施された枠に収まる姿見鏡へと変形していく。
「目的地は自宅だ」
形態変化を終えた黒鏡の頂点にある百合の蕾が、ゆっくりと開く。出口が設置された合図だ。鏡の中に暗い通路が伸び、その先に白い光の射す出口が映し出される。
「きちんと設置が出来たの?」
「あぁ、出来ている」
そう言うネフィリアードの表情は、やや曇っている。
確実に待ち伏せされている。
自宅には結界魔法が独自に発動しているが、帝国の魔術に対抗できるかが怪しい。
「俺がいるから大丈夫」
アリュスの言葉に、彼は我に返る。
「すまない。気を遣わせてしまったな」
何があっても、対処する。
そう気を引き締め直したネフィリアードは、アリュスに手を差し出す。
「行くとしよう。君の事は、私が守る」
「うん。ありがとう」
アリュスはその手を取り、2人は黒鏡の中へと足を踏み入れる。
風は無く、冷たさも温かさも無い。あるのは2人の足音のみだ。
そして、光へと届いた。
花の香りが風に乗って二人の間を通り過ぎる。
「やぁ、結晶城の帝王さん」
わざとらしく異名で呼びかけられる。
白を基調とした家を彩る四季の庭園の前に、ローズピンク色の髪の少女が自信満々とばかりに仁王立ちしている。その手には先代赤翼の騎士団長の物と思しき地杖が握られ、くるりくるりとバトンのように回転させる。
予想通り、待ち伏せをされていた。
「どうして南に来てくれないの? あーんなに教えたのに。アタシが短気だったら、今頃は街中で爆発が沢山起きていたよ」
どこか大袈裟に左右に首を傾げながら、少女はネフィリアードに問いかける。
「名乗らない者の問いには答えない主義だ」
アリュスを後ろに隠すように前に出たネフィリアードは、腰に携えている杖に手をかけ警戒の色を強める。
「ごめんごめん! 自己紹介がまだだったね。アタシの名前はフローラ。南の拠点の主だよ!」
「それは、女王から与えられた名では無いな。帝国が信仰する神の一柱だ」
ネフィリアードの冷たい一言にフローラは丸目を見開き、そしてゆっくりと半円を描くように笑みを浮かべる。
花と香りを司る女神。大きな活躍をする逸話は1つか2つ程度だが、人は誰しも花を愛でるものだ。春と共に植物の花を咲かせる彼女を人々は信仰し、供物をささげる。
信仰が女王と虹の薔薇を中心に回る魔女の国には、帝国の宗教は浸透しなかった。ネフィリアードが知っていたのは、敵国だった存在として、アリュスの故郷として学んでいたからだ。
「へぇ、帝国の知識を多少は持っているんだね」
長い地杖を掲げ、ぐるりと頭上で回すと、勢いよく地面へと刺した。
「だったら、これは知ってる?」
地面から眩い光が溢れ出す。
無数の青白い光の線が複雑に絡み合い、星を描いた魔方陣が浮かび上がる。
ここから出なければならない。
直感し、即座に行動に移そうとしたネフィリアードだが、アリュスが彼に抱き着いた。
「なにを」
杖を出そうとした手を抑えられ、ネフィリアードは困惑する。
「空間転移の魔術だ。下手に動けば、身体が真っ二つになる。魔法も使うと危ない」
獣人である彼の耳に届き、フローラに聞こえない小さな声でアリュスは冷静に答えた。
帝国での記憶が殆どないはずの彼が、正確に魔術を解析し、忠告をした。
いつの頃からか思い出していたアリュスは、ネフィリアードにすら隠し続けていた。
「何処に行っても、俺が君の傍にいるから」
オパールの瞳は彼を真っ直ぐに見据え、嘘では無いと伝えている。
「……信じよう」
青白い光は更に強さを増し、2人を包み込む。
「さぁ! 南の拠点へしゅっぱーつ!!!」
無邪気なフローラの声が耳を通り過ぎる。
危険があると分かっていても、真実を手にするには南の拠点に向かう必要があった。遅いか早いかの違いに過ぎない。この機を逃すわけにはいかない。
ネフィリアードは覚悟を決め、アリュスを抱き寄せた。




