28話 暗黒期とは
ネフィリアードは資料室へと到着をした。入室すると灯りの魔法によって、広い空間は光に包まれる。図書館と呼んでも差支えが無い程に本棚が立ち並び、本は分野ごとに綺麗に整理されている。テーブルと椅子が2セットだけ置かれ、使われていた形跡が少ないものの埃一つ落ちてはいなかった。
本の内容は実際にあった事件や事故、災害の記録から、天気や気候まで様々だ。ネフィリアードはある本を探して本棚の迷宮を進んで行く。
「これか」
やがて西側の壁一面に並ぶ本棚の中から緑の表紙の本を見つけ、手に取る。
中は白紙のページしかない不思議な緑色の本の裏表紙には、鍵を埋め込む溝がある。ネフィリアードは軍服の内ポケットから黒い小さなカギを取り出し、その溝へはめ込んだ。
その黒い鍵は、団長から許可を得なければ借りられない代物だ。
裏表紙に鍵がはめ込まれた本には、表紙に〈騎士団員記録書〉の文字が浮かび上がる。
彼が知りたい相手の名を思い浮かべると、白紙のページには先代赤翼の騎士団長に関する内容が書き込まれて行く。
40年前に赤翼の騎士団団長として就任し、25年前から5年間続いた〈暗黒期〉を乗り越えた。そして、7年前の帝国での戦争を最前線で戦い抜き、今から2年前に闘病の末に亡くなった。
〈暗黒期〉
魔女の国ロズマキナの王政と経済が崩壊しかけた悪しき時代。
その原因は、精神が病み、壊れた先代の女王にある。
かつては聡明で慈悲深く、多くの魔女から尊敬と崇拝の念を向けられる美しい魔女だった。
しかし、突如として彼女の精神は崩壊した。
予兆は一切無く、まるで別の何かが乗り移ったかのように豹変した。
税金を上げ、私腹を肥やし、責務を放棄した。街に自ら赴き、気に入った魔女達を捕まえては丁寧に殺し、その血で満たされた風呂に浸かった。
床にはドレスや宝石が散乱し、城はいつもどこかで腐敗臭がした。
止めようにも壊れた女王の力は衰えず、従っても抵抗しても殺される。
魔女達は息を顰めて生きるしかなく、経済と文化は停滞し、吹雪から王都を守るための魔法の天幕が徐々に弱まって行った。
虹の薔薇と新たに産まれてくる娘達を守ったのは、ミランジュの母と叔母である先代の白翼の騎士団団長と副団長だった。女王をなんとか言い包め、虹の薔薇と城を隔てる扉の前で立ち続けた。
暗黒期5年目にして先代女王は死亡し、齢7歳にして現在の女王が即位をした。
死因は自殺だったとされる。
先代女王と同じ枝の薔薇から産まれた幼い女王は、隠れ潜んでいた臣下達を呼び戻し、国の立て直しを命じた。そして10年かけてなんとかロズマキナを再建し、力を付け、帝国との戦争から民を守り抜いた。
その5年の間に赤翼の騎士団長は、ただひたすらに拠点を守っていた。先代の女王を南防衛拠点から遠ざけ、王都から逃れてきた難民の保護を行っていたのだ。地道な活動を続け、帝国との戦争では前線に立ち、部下達を鼓舞し、戦い抜いた。
「……?」
ネフィリアードは彼女の情報を集める中で、気になる点を幾つか見つけた。
先代の赤翼の騎士団長は生涯独身であり、子供はいない。弟子もいなかった。
独り身や弟子のいない魔女は一定数いるので、一般的に考えればそこまでおかしな話ではない。だが、騎士団長は組織の中で立場がある女性だ。暗黒期を乗り越えた経験を後世に伝えるためにも、指導者として次世代を育てる義務がある。
次期騎士団長を決める際には、先代は誰も推薦をしなかった。今の騎士団長は、団員達の後押しがあって今の地位にいる。これは彼女が育成に関して、全く無関心であった証明だ。
そんな彼女であるが、暗黒期より前から率先して他国の技術を拠点に取り入れていた。
大砲等の武器を購入し、貪欲なまでに技術を担う魔女達に習得するように指示を出した。その甲斐もあり、南防衛拠点の港は他に比べて大きく発展し、特に武器の開発、造船や建築技術は群を抜いている。帝国との戦争の最前線で踏み止まれたのは、その発展が大きく貢献していると言えるだろう。だがそれは、特に暗黒期から帝国との戦争までの約18年間は、先代の騎士団長の影響力が南防衛拠点で最も強かった事を意味している。
壊れた先代と当時幼かった現女王、処刑を恐れて口を閉ざしてしまった政治の魔女達。権力が膨れ上がると共に騎士団内部で派閥争いが生じ、その過程で先代の騎士団長が他国に近付き過ぎた可能性がある。
彼女達の移動方法に〈魔術〉が使われているだろう。女王の返答から、少女達が他国から連れて来られた可能性もあるが、杖とあの少女の瞳が其れを否定している。
「ネフィリアードさん。第一部隊の子が戻って来ましたよ」
その時、扉越しに別の隊の隊員が声をかけてきた。
「ありがとう。直ぐに向かう」
裏表紙から鍵を取り外し、本を棚へと戻したネフィリアードは、資料室を出た。
事務室に戻り、第一部隊の隊員4名から報告を受ける。
いつもの聖誕祭の準備で小さなトラブルがあった程度だった。ツリー暴走事件の当日と翌日以外は、少女達は目撃されず、問題は発生していない。彼女達が見えない範囲を補うためにネフィリアードも結晶の小鳥達を飛ばしていたが、こちらも収穫は無し。姿形すら捕えていない。
やはり自分が外で行動している時のみ、あの子達は問題を起こすのか?
事態を動かす為とはいえ、被害を出したくないネフィリアードは歯痒かった。
「敵を誘き寄せる餌とでも思えば良いじゃない?」
ネフィリアードの気持ちを察した様子で、アリュスは言った。
「君にも危険が及ぶんだぞ。やはり、今回は辞めた方が」
「このまま籠城しても意味がないと俺は思うな。膨れ上がった風船が爆発する前に、攻め込んだ方が良いよ。ネフィリアードも分かっているでしょう?」
「そうだが……」
手詰まりとなった以上は、省みるよりも前進すべきなのはネフィリアードも十分承知の上だ。自分だけであれば、さっさと動いている。けれど、傍にはアリュスがいる。
「俺を信じてよ。何があっても怪我一つしないで、生還して見せるからさ」
感情に乏しく、何処か淡々とした声であるが、自信に満ちた宣言だ。
「……わかった。君を信じよう」
根負けしたネフィリアードの答えに、アリュスは微笑む。
時間は刻々と過ぎて行き、ネフィリアードは今日の退勤時間を迎えた。




