22話 短い戦闘
年は14歳になるだろうか。アリュスの描いた絵と同じくバードテールに綺麗に纏められている。瞳は黄色だが、瞳孔は山羊のように横長の長方形の形状をしている。肌は雪のように白く、その身にはバレエの衣装の代表であるチュチュによく似た黒い服を着ている。黒のタイツに、白のバレエシューズによく似た靴。彼女の手に握られている自身の身長と同じ約155㎝の黒い杖。その先端には、王冠を模した台座に収められた握り拳程の大きなルビーが埋め込まれ、自然とそちらに視線が誘導される。
「格好が違うけど、今朝の子だ」
アリュスは小声で言いながら、ネフィリアードの後ろへと下がる。
「何か用かな?」
ネフィリアードは静かに問いかけるが、少女はじっと彼を見つめるのみ。
違和感を覚えた。
彼がこれまで見てきた魔女達に対しては、感じた事のない〈何か〉
けれど、それを探る暇はない。
彼女の杖の先端に取り付けられた赤い宝石が、僅かに光った。
「アメジスト!」
即座に杖を抜き、その名を呼んだ瞬間、ネフィリアードを中心に一瞬にして薄紫色の濃霧が発生する。相手の視界を奪った彼は即座にアリュスを抱き寄せ、ツリーの影へと身を顰める。
次の瞬間、ツリーの周囲に爆発が発生する。
石畳の破片が飛び散り、爆風が吹き、土煙が舞う。
「アメジスト。一般人がまだ中にいるならば、避難させてくれ。誰にも広場へ入れるな」
濃霧の中、節足動物らしき巨大な足が2人の横を通り過ぎる。
第3部隊の隊員達が戦闘態勢への号令を上げる中、ネフィリアードは地面へ杖の先端を向ける。
「エメラルド。彼女を見たな。保護してくれ」
地面より無数のエメラルドの茨が現れ、目にも止まらぬ速さで濃霧の中を駆け巡る。同時に爆発が大量に発生し、割れる音が響く。
「状況は?」
ネフィリアードの腕の中、安心しきっているアリュスは問いかける。
「良い動きをしている。加減をしてては、遅れを取りそうな程だ」
エメラルドを通して情報を読み取りながら、ネフィリアードは目を細める。
少女の動きに無駄はなく、魔法が掛けられた靴によって高い跳躍と回避を可能にし、処理しきれないとなれば爆発をさせる。
まるでバレエを踊るかのように、優雅だ。
明らかに、訓練されている。対人、対魔法の経験がなければ不可能な動きが多々あり、少女が過酷な環境で過ごしてきたのかが伝わって来る。
魔女の国ロズマキナは、6歳になると学園に通うのが義務とされる。貧困層であっても支援を受けて入学が可能であり、学問のみならず教養と道徳、社会を学ぶことが出来る。
戦闘能力に優れた魔法騎士の訓練を受けられるようになるのは、最低でも14歳からだ。
爆発等の危険な魔法は取り扱いに注意が必要の為、自分で責任を負えるようになる18歳以上しか使用を許されていない。
それを総合すると〈この子は学園に最初から通っていない〉と判断が出来る。
有り得ない話だ。信じられない。
虹の薔薇の大樹を管理するのは女王であり、その場所は他の魔女は絶対に踏み込むことが出来ない聖域だ。
あの几帳面で神経質な女王が、産まれて来た娘達の顔を忘れる筈がない。
一人一人に心を込めた名を与える彼女が、大事な花を見落とす筈がない。取りこぼすなんて有り得ない。
あの子達は何者だ。
あの子は誰だ。
「アリュス。マントの中へ」
「うん」
ペリースマントの中へとアリュスは入り、ネフィリアードは杖を軽く振った。
茨の一部がツリーと2人の周囲に壁を形成する。
戦闘経験に由来する予感がした。
そして、エメラルドの茨が少女の足を捕えようとした次の瞬間、間近であれば目が眩むほどの閃光と共に大きな爆発が発生する。
濃霧の中でも確認できるその光は、花火のように大きく咲き誇り、爆風と共にエメラルドの破片が周囲に飛び散る。
次の攻撃に備えようとしたネフィリアードだが、エメラルドが動きを止めた。
「にげられた?」
「そのようだ。私がこれ以上仕掛けて来ないから、しびれを切らしたのだろう」
アメジストを通して少女が逃避したのを確認したネフィリアードは、杖を軽く振る。濃霧は消え去り、彼の右手には2センチ程のラウンドカットされたアメジストが残った。
「出て来ても良い?」
「あぁ、もう大丈夫だ」
マントの中から出てきたアリュスは、圧巻の光景に目を見開く。
広場全域に張り巡らされた無数のエメラルドの茨。
少女は南の方角へと飛び立ったのだろう。エメラルドは柱のように茨が絡み合わせながら、上へと伸びている。その頂点とも言うべき先端部は、円を描くように大きく破損し、破片がはらはらと静かに地面へと落ちていった。
「派手にいってる」
「なかなかに強力な魔法の使い手だ。厄介な事になった」
ネフィリアードがもう一度杖を軽く振ると、エメラルドは一気に縮小する。宝石、結晶体とは到底思えない挙動を繰り広げ、最後には2センチほどのトラップカットが施されたエメエメラルドが彼の足元に残された。
それは、爆発の魔法から採取した少女の魔力が込められている。
「あの子の魔力を集めて、どうするの?」
「これを女王に提出する。あの方なら、少女がいつ生まれ、今は何処に住んでいるのか分かる筈だ」
感心していたアリュスだが、エメラルドを手に取ったネフィリアードの顔は晴れない。




