20話 帽子を飾る花
2mもある獣人の換毛期。身体のシルエットが作れるくらいに、毛が抜ける。
羊から羊毛を刈取るように一気にではなく、段階があり、全て生え変わるには1か月ほど掛かる。
全身がむず痒く、軽く搔いただけで飛び散り、舞い上がる毛。いつの間にか絨毯やカーテン、服に付着する毛。念入りに掃除をした部屋の隅に、気付けば溜まっている自分の毛。
あの手この手と尽くしているが、限度がある。
「もしかして、ネフィリアードが店の裏口から来る季節は、換毛期?」
「そうだ」
春や秋の手前になると、ネフィリアードは服屋の裏口から来訪する。どうして特定の時期だけ裏口なのか不思議に思っていたアリュスは、理由を知り納得をする。
「服や材料に毛が付着するのは、あまり良くないからな」
「ありがとう」
彼の心遣いに嬉しく思う反面、気になる点がある。
「抜けた毛って、魔法の材料に使われたりしない? 大丈夫?」
ネフィリアードは実力者だ。そんな彼の体毛に魔力が宿っているなら、悪用されかねない。魔法に関する知識は無いが、魔力が宿った生地やボタン等も扱うアリュスは、心配になり訊いた。
「使い魔達の毛に紛れるから、心配ない」
「換毛の時期は同じだろうけど、その言い方はあんまり良い気がしないな」
魔女は使い魔として猫や鼠、梟、蝙蝠、爬虫類、中には犬や狼も使役されている。ブラシで梳いた際に出る毛の塊と違って数本が飛び散る程度なら、彼らの毛と混じり虫眼鏡や顕微鏡でも使わない限り、区別が出来ないだろう。
「どうしてだ?」
「なんとなく」
使え魔は、魔女にとって特別な存在だ。情報の伝達や仕事の手伝いなど、無くてはならない家族であり、ただの〈ペット〉ではない。
言いたい事は分かるアリュスであるが〈自分は魔女の愛玩動物〉と自称しているように聞こえてしまい、釈然としなかった。
「? 急に不機嫌になって、どうしたんだ?」
「別に……自分の気持ちに整理が付かないだけ。複雑なんだ」
アリュスは帽子のツバで顔を隠すように下を向き、目線を逸らした。
怒りに似た感情が燻っている。ネフィリアードが、そんな意図で言っていないのは分かっている。自分の問題だ。
アリュスは自身の感情を抑えようとした。
「アリュス」
「なに」
呼びかけられ、アリュスは顔を上げた。
その時、ポンと言う小さく可愛らしい音と共に、彼の目の前に乳白色の結晶の花が咲く。
形はカーネーションに近いだろうか。ネフィリアードの魔法を初めて見たアリュスは目を丸くする。
「嫌な気持ちにさせた様で、お詫びにと思ったんだが……驚かせてしまったな。すまない」
「お、大袈裟。俺個人がそうなっただけで……別にネフィリアードが原因では無いし……」
対人経験が不足しているアリュスは、どう答えれば良いのか分からず、もごもごと言い訳を連ね、
「……態度に出た。ごめん」
最後にようやく謝罪の言葉を送った。
ネフィリアードは静かに微笑みを浮かべると、彼の魔女の帽子に結晶の花を飾った。
「よく似合っている」
嬉しそうに目を細めて言う彼の姿を見て、先程までのアリュスの中で燻っていた暗く重く、そして激しく揺れ動いていた感情が消えていた。
「そういうのは……」
もっと綺麗な人に言いなよ、と言葉に出そうとしたアリュスだが、口を噤んだ。
「なんでもない。大切にする」
捨て台詞の様に言ったアリュスは、古くから通りにある雑貨店のディスプレイに目が留まる。聖誕祭に向けて小さなツリーやソリに乗った可愛らしい魔女の置物から、使い魔の猫や犬向けの衣装など様々な品が飾られている。近くで見ていると、ガラスが反射し役割を持っている事に気付く。
魔法の道具によって変身したアリュスの顔は、まるで命を吹き込まれた人形の様に美しく、守りたくなるような可愛らしさと儚さがある。
この姿に、アリュスは羨望の眼差しを向ける事はない。
ネフィリアードなら、元の姿であっても結晶の花を渡し、同じ言葉を送ってくれる。その確信が彼の心を支えている
「何か買うか?」
「勤務中だから、買わない。それよりも……」
自分の顔や飾られている商品を見るのに気が取られていたアリュスは、それに対して怪訝そうに目を細める。
「人の帽子で遊ばないでくれる?」
魔女の帽子の上には、様々な結晶の花で構成された冠が出来上がっていた。
「ミランジュ達も飾っていたから、個性を出した方が良いと思ってな」
「そこまでしなくても、良かったのに」
アリュスはそう言いながら、雑貨屋から離れた。
「進もう」
「そうしよう」
2人は周囲を注意深く見ながらも楽しみつつ、時折魔女達と挨拶を交わしながら中央広場まで向かった。




