12話 枯れた花
屯所は特に緊迫した空気は流れていない。
普段通り、緊張感と穏やかさが隣り合わせの独特な雰囲気を湛えている。
鼻が利くネフィリアードはアリュスの匂いを辿ろうとしたが、その前に鑑定室へと向かった。
「すいません。これの鑑定をお願いしたいのですが」
「ん~? お疲れ様ぁ」
薔薇のように真っ赤な髪に黄色のレンズの眼鏡をかけた魔女が、ネフィリアードに期待の眼差しを向ける。
「ツリーの飾りについての資料はぁ、もうちょっとで書き終わるよ。あとで届けるねぇ」
「ありがとうございます」
鑑識課の魔女に食虫植物の植えられていた土の入った包みを渡すと、ネフィリアードは客室へと急いだ。
廊下を抜け、到着した客室の扉の前には、第三部隊の隊員が二名待機している。2人は彼を一瞥すると、入るように促した。
そして、ネフィリアードは扉を3回軽く叩いた。
「どうぞ~」
いつもの調子で声が帰って来る。
「入るぞ」
扉を開けて中へ入ると、ソファに座るアリュスがいた。
赤いセーターに黒いズボン、茶色のキャスケットを被り、その腕には紙袋が抱えられている。出入り口の横に置かれたコート用のハンガーラックには、チョコレート色のトレンチコートが掛けられている。
木製のローテーブルの上には、温かい紅茶の入ったティーカップとクッキーの盛られた皿があり、軽く飲食していた様だ。他にもスケッチブックと色鉛筆が置いてある。
「昨日ぶり」
「あぁ、そうだな。緊急連絡先を使ったと聞いたから、心配したぞ」
ローテーブルを挟んだ向かいのソファへと腰を掛けたネフィリアードは、いつもの調子のアリュスを見て安心する。
「俺は、無事だよ」
「怪我無くて良かったよ。一体、何があったんだ?」
含みのある言い方に、ネフィリアードは問いかける。
「君がくれた花をわざわざ枯らした魔女が来たんだ」
紙袋が開けられ時、鼻の良いネフィリアードは植物の腐敗臭に対して眉間にしわが寄った。
二重の紙袋の中には、綿毛のような花が萎み液状化しかけているメリーコットンフラワー、萎みきり腐った匂いを放つレモネードリリィ、そして花びらの透明度が消え濁りきったライムキャンディが入っていた。
「折角くれたのに、ごめん」
「花束なら、何度だって送る。君が無事でいてくれることの方が、私にとっては重要だ」
アリュスは〈うん〉と小さく呟き、目を細めた。
「詳しい状況を教えてくれ」
「うん。今日の朝、開店してから直ぐに若い女の子3人が来店したんだ」
「3人……?」
「どうかした?」
「すまん。話を続けてくれ」
思わず口を溢してしまったネフィリアードは軽く謝罪し、アリュスは説明を続ける。
その3人は若い女の子らしく、騒ぎ、はしゃぎ、容赦のない感想を言いながら、冬物の服を見ていた。口ぶりのわりに服の扱いは乱雑ではなかったので、アリュスは其れを静かに見守った。
そして、1人が手袋を買い、2人がカウンターの花瓶の花について話をしていた。
「お会計をしていた女の子が囮で、2人が枯らす魔法を掛けたんだと思う。3人が店を出た直後に、花が一気に枯れたんだ。俺は外へ出るのは難しいから、追えないと見越してやったんだろうね」
アリュスに関して〈戦争による大怪我の後遺症から、あまり外に出られない〉と嘘の周囲に情報を流している。戦争に出兵した魔女の中には傷跡や後遺症を患う者達が少なからずいるので、この内容を話すと納得されやすい。
受け入れてもらうための情報であったが、悪用されてしまった。
「器物損壊罪にしても良さそうだな。金の方は、本物だったのか?」
「本物。持って来たけど、見てみる?」
「あぁ、貸してくれ」
アリュスはズボンのポケットから小銭を入れる小さな巾着袋を出し、ネフィリアードへと渡した。早速袋を開けた彼は、銀の硬貨3枚を確認する。
銀の硬貨の表には5代目の女王である眼鏡をかけた魔女、裏面には彼女が愛していたラベンダーが刻まれている。
硬貨の大きさ、重さ、作られた年号、そして偽造を防ぐために独自の技法で刻まれたデザインを入念に確認する。呪いの類は感じられず、正真正銘の〈ただの硬貨〉だ。
「……確かに本物だな。金を払ってまで犯行に及ぶなんて、おかしな話だ」
「相手は君か魔法騎士に用があって、俺にはない。このお金は俺へのお詫びじゃないかな」
「妙なところで律儀だが、どうして私なんだ?」
花屋に関して、リュアンナと縁がある。アリュスの服屋にも、別の部隊や団の魔法騎士が来ている可能性がある。なぜ魔法騎士と別枠にされたのか気になり、ネフィリ―アドは問いかけながら硬貨を返した。
「さっきの君の反応を見るに、知っている人物だと思う」
「どんな外見だったか教えてくれないか?」
「わかった」
アリュスはスケッチブックを手に取ると、色鉛筆を使って、軽く絵を描いていく。
そして15分もすると、簡略的な絵柄で3人の女の子を書き終えた。




