05.新しい容疑者
会議室には、煙草の煙がもうもうと立ちこめていた。
上品な声と、少し荒っぽい低い声が、しばらくのあいだ激しくぶつかり合っていたが、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。
荒っぽい声が口を開く。
「被告人は、被害者が離婚訴訟を起こす一年前、この私立病院を訪れている」
数枚の紙がめくられる音がして、上品な声が続いた。
「この私立病院の院長は、被害者の前夫――藤田颯太の父親、ということか?」
「そうだ」
荒っぽい声が答える。
「この病院はここ十年で急速に拡大し、毎年とんでもない額の利益を上げている。その高収益の大部分は、数年前に始まった“あるプロジェクト”によるものらしい」
また紙の音。
上品な声が静かに問う。
「その“プロジェクト”の内容は?」
荒っぽい声は、少し苛立ちを含んだ調子で言った。
「それが分からないから、ここに来ているんだ」
上品な声は、手元の資料を軽く叩きながら言った。
「この資料によると、そのプロジェクトの名称は『オブジェクト2』。英語の補足説明があって、直訳すると――『第二人格の創造』だ」
荒っぽい声は、しばらく黙り込んだ。
「……どういう意味だ、それは?」
上品な声はすぐには答えず、逆に問い返した。
「なぜ一審のとき、この資料は提出されなかった?」
荒っぽい声は、質問をかわすように言った。
「詳しい経緯は分からない。この資料は、偶然見つかったものだ。ただ、この事件には、まだ何か隠されている気がしてね。――劉博士。犯罪心理学の専門家として、この『オブジェクト2』の内容について、説明してもらえないか?」
伊藤博士は、くわえたタバコから白い煙を吐き出した。煙はまっすぐ天井へと昇り、途中で揺らぎ、会議室の空気に溶けていく。
彼は考えていた。
向かい側の荒っぽい声の主は、じっとその答えを待っている。
煙の向こうに座る男の顔が、ぼんやりと浮かび上がる。
――藤田颯太。
今は、あの事件から一年後。
荒っぽい声が、今度ははっきりとした調子で言った。
「藤田颯太。今日ここに来てもらったのは、確認したいことがあるからだ。2025年――」
藤田颯太は、向かいに座る二人を穏やかな笑みで見つめていた。
だが、その笑みの奥には、かすかな不安が滲んでいた。
――まさか。
――見つかったのか?




