04.謎解き
一枚の写真が、無造作に私の前へ置かれた。
蛍光灯の白い光が眩しく、
その向こうから、低く荒っぽい声が響く。
「桐生悠真。この写真の女を知っているか?」
私はゆっくりと頷いた。
――知っているに決まっている。
写真に写っているのは、黒いフロックワンピースを着た“櫻井結菜”。
自信に満ちた笑顔。
どこか懐かしい、しかし今の私には遠い表情。
だが、同時に理解できなかった。
なぜ、この警察官は私を“桐生悠真”と呼ぶ?
私は櫻井結菜なのか?
それとも桐生悠真なのか?
頭の奥がじんじんと痛む。
警察官は写真を指で叩きながら続けた。
「2025年9月17日の夜、どこにいた?」
私は口を開こうとしたが、言葉が出てこない。
――2025年?
――その日は……?
記憶の奥に、霧のような映像が揺らめく。
だが、掴もうとすると指の間からすり抜けていく。
「答えろ」
鋭い声が飛ぶ。
私は唇を震わせながら言った。
「……覚えていません」
警察官は鼻で笑った。
「覚えていない、ね。便利な言葉だ」
机の上に、次々と資料が並べられる。
ホテルの監視カメラ映像。
エレベーターに乗る男女。
その“男”の顔に、私は息を呑んだ。
――俺だ。
いや、
――桐生悠真だ。
映像の中の男は、確かに“桐生悠真”としての私だった。
警察官は淡々と説明を続ける。
「この日、櫻井結菜は行方不明になった。
最後に一緒にいたのが、お前だ」
心臓が跳ねた。
「……行方不明?」
「そうだ。
そして、これは彼女の血液が付着した衣服だ」
ビニール袋に入った黒い布が、机の上に置かれた。
私は震える声で言った。
「違う……私は……」
「お前は桐生悠真だろう?」
「違う……私は……櫻井結菜で……」
言った瞬間、警察官の表情が変わった。
「……始まったか」
彼はため息をつき、別の資料を取り出した。
《診断書
患者名:桐生悠真
症状:解離性同一性障害(DID)
心因性記憶喪失》
――桐生悠真?
――私が?
頭の中で何かが崩れ落ちる音がした。
警察官は静かに言った。
「お前は、櫻井結菜の“人格”を作り出したんだ。
彼女を愛するあまり、彼女になりきった」
「違う……違う……!」
私は頭を抱えた。
「私は……櫻井結菜だ……!
私は……彼女で……!」
「なら聞く。
お前の本当の誕生日は?」
誕生日――
私は迷わず答えた。
「1994年11月26日」
警察官は首を振った。
「それは櫻井結菜の誕生日だ。
お前の誕生日は――」
彼は資料を指で叩いた。
「1994年8月14日。
藤田颯太と同じだ」
息が止まった。
――ロック解除コード。
――940814。
あれは……
“私の”誕生日だったのか?
警察官は続けた。
「お前は、櫻井結菜を愛しすぎた。
彼女を失ったショックで、人格が分裂した。
そして――」
彼は写真を指差した。
「彼女が消えた夜、お前は一緒にいた」
私は震えながら呟いた。
「……違う……私は……彼女を……」
「守った?
愛した?
それとも――」
警察官の声が低く沈む。
「殺したのか?」
世界がぐらりと揺れた。
視界が白く染まり、
耳鳴りが響き、
記憶の断片が暴走するように流れ込む。
笑う櫻井結菜。
泣く櫻井結菜。
怒る櫻井結菜。
抱きしめる桐生悠真。
叫ぶ声。
血の匂い。
暗い部屋。
倒れる影。
――やめろ。
――思い出すな。
――私は……誰だ?
私は机に突っ伏し、叫んだ。
「やめてくれ……!
私は……私は……!」
警察官の声が遠くで響く。
「桐生悠真。
お前は真実を思い出さなければならない」
私は顔を上げた。
涙で滲む視界の中、
写真の中の“櫻井結菜”が微笑んでいた。
その笑顔が、
まるでこう囁いているように見えた。
――あなたは、私じゃない。




