第8話 武芸大会
リアナは何かを思い出したように、声をあげた。
「ローガンも出るの?」
「……出る?」
俺は思わず聞き返した。
「出るって、何にだ?」
リアナは少し照れたように笑って、視線を店の壁へと向けた。
その目線を追うと、乾パンの棚の上――色褪せた木の壁に、一枚の紙が貼られているのが見えた。
俺は近づき、紙に書かれた文字に目を走らせた。
少し黄ばんだ紙には、力強い筆致でこう書かれていた。
ーー武芸大会開催のお知らせ
ーーこのエルドリッジの誇りをかけ、最強の戦士を決める。
ーー優勝者には、首都セリオンにて近衛師団の入団試験を受ける権利が与えられる。
「……“近衛師団”……?」
思わず、声が漏れた。
セリオン――このテルヴァニア王国の中心。王と皇族、貴族、政治の全てが集まる巨大都市。
そこを守るのが、近衛師団だ。セリオンの治安維持を担う特殊部隊であり、テルヴァニア王国で最も強く、最も誇り高い戦士たちの集まり。
「ローガン、身体も立派だし……あっ!!」
リアナがパッと顔を明るくした。
「ももも、もしかして、優勝できるんじゃないかなっ!」
彼女の声には冗談めいた軽さがなかった。
本気で、心の底からそう思っているようだった。
リアナの瞳が光を宿して、まっすぐ俺を見つめている。
「い、いや。そんなこと言われてもな……」
俺は慌てて手を振った。
「俺、畑仕事しかしたことないし、武術の心得なんて全くないぞ」
笑いながらそう言ってみせたが、内心では、さっきの“異変”のことが頭を離れなかった。
――あの時、時間が止まるような感覚。
――石を投げ返した瞬間の、あの尋常じゃない力。
「……出場したとしても、一回戦で負けるだろうさ」
俺は肩をすくめて言った。
「うーん、そうかなあ……」
リアナは小さく唇を尖らせて、少し俯いた。
その仕草があまりにも昔と変わらず、胸の奥が少し熱くなった。
(……やっぱり、リアナは可愛いな)
ほんの少しだけ、心の奥で何かが動いた。
現実的には到底無理だと分かっている。
だが――もしかして、あの精霊の力を使えば、勝ち抜けるのではないか。
そんな考えが、頭の隅に浮かび上がっていた。
そのときだった。
店の入口から、重い靴音が響いた。
コツ、コツ、と乾いた音。
俺は反射的に振り向く。
扉の向こうから、ひとりの男が姿を現した。
年の頃は俺と同じくらい。
深紅の上着を身にまとい、腰には装飾の施された短剣。銀色の髪。
彫りの深い顔立ちだが、無表情で、どこか冷たさを感じさせる男だった。




