第7話 暗い過去
リアナは、柔らかな眼差しで俺を見つめていた。
その視線には、懐かしさと、少しの戸惑いが混じっていた。
幼い頃、俺たちはよく山を駆け回り、川で魚を追いかけた。
泥だらけになって笑い合っていたあの頃が、ずいぶん昔のことのように思える。
最後に会ったのは、あの日――両親が死んだ日。
その直後に、リアナはエルドリッジへ引っ越していった。
リアナの父・オーランドは昔からカレンソで繊維工場を経営していたが、事業が成功し、エルドリッジに拠点を移し貿易会社を起こした。
三年という月日は、彼女を大きく変えていた。
かつてのあどけない笑顔はそのままに、今はどこか大人びた、清らかな美しさを纏っている。
陽の光を受けた髪が黒曜石のように艶やかに光っていた。
「久しぶりだね、ローガン……!身長伸びてて、一瞬誰か分からなかったよっ。…多分、百八十はあるよね?」
「……あ、ああ、まあな」
久しぶりに会うリアナを前に、どう言葉を交わせばいいのか分からなかった。
嬉しいはずなのに、喉が固くなって、言葉が出てこない。
リアナの身につけているドレスは、淡いクリーム色の上質な布地で仕立てられ、細やかな刺繍が光に反射していた。彼女は本当に美しい女性で、“社長令嬢”という言葉がよく似合っていた。
その一方で、俺はといえば、土の染みが抜けないシャツに、擦り切れたズボンを履いている。
身体だけは鍛えられて逞しくなったが、どう見てもこの街の空気には似つかわしくない。
リアナのような人間の前では、自分の貧しさが一層際立って見える気がした。
「……元気だった?」
リアナの声は、どこかおそるおそるとした響きを帯びていた。
「まあまあだよ」
俺がそう答えると、リアナは一瞬だけ目を伏せた。
その短い沈黙に、言葉にならない何かが流れた。
昔のように自然に笑い合うことができない距離――それが、三年という時間の重さなのだろう。
「あ、あのね!」
リアナが慌てて声を上げた。
「こっちに引っ越してから、何回もカレンソに遊びに行こうと思ってたんだよ」
「そ、そうなのか」
「うん。でも、お父様がいつも反対して……『もうあの村には行くな』って。だから……」
リアナは申し訳なさそうに目を伏せた。
俺は、その表情を見て、なぜか心が軽くなった。
この三年間、リアナが俺を忘れていなかったことだけで、十分だった。
「……いいんだよ、リアナ。元気そうで何よりだ」
俺は笑ってみせた。
本心からそう思った。
リアナに、あの村の現実を見せる必要などない。
俺に対する、冷たい視線、投げつけられる言葉――そんなものを彼女に知ってほしくはなかった。
「……あれから、三年経つんだね」
リアナの声には、懐かしさと悲しみが混じっていた。
「……ああ」
俺は短く答えた。
三年前の飢饉。
村を襲った長い干ばつで、畑は干上がり、食べ物は底を尽いた。
人々は飢えに耐えきれず、誰かを責めることでしか生きられなかった。
そして、矛先は俺たち家族に向けられた。
――ローガンの両親が、呪いを呼んだのだ。
――祈祷師を使って、大地を枯らせた。
くだらない噂が、村の中を瞬く間に駆け巡った。
祈祷師が我が家を訪れていたのは事実だ。
だがそれは、病の母を救うためだった。
俺は、両親が人を呪うような人間でないことを知っている。
けれど、村の誰も信じなかった。
そして――二人は病に倒れた。
その記憶が胸の奥で疼いた。
リアナの前では、そんな過去のことを口にする気にはなれなかった。
彼女は俺の表情から何かを読み取ったのか、静かに目を伏せた。
その仕草が、言葉よりも雄弁だった。
「あ、あのさ!」
重苦しい空気を破るように、リアナが口を開いた。




