第5話 異変
石が飛んできた。凄まじい速さだった。
それが俺の顔に当たる――はずだった。
だが、次の瞬間、世界が軋むように歪んだ。
石が、ゆっくりと宙を漂っている。
まるで水の中を進む魚のように、とても鈍い動きだった。
目を疑った。いや、それだけじゃない。
空の雲が止まっている。
高く飛んでいた鳥が、羽ばたきの途中で静止している。
そして、俺に石を投げたあの若者たちも、笑みを浮かべたまま、微動だにしていなかった。
(な、何だ!?何が、起きている――?)
俺の心臓の鼓動だけが、ドクドクと響いていた。
俺は手を伸ばした。
体は自由に動く。
石は、俺の目の前までゆっくりと滑ってくる。
指先で掴むと、ずしりとした重みが伝わった。
その瞬間、世界が破裂するように動き出した。
風が吹き戻り、鳥が鳴き、若者たちの口が同時に開いた。
目の前で起きたことを、理解できない顔をしていた。
間違いなく俺の顔に当たるはずだった石を、俺が平然と掴んでいる。
「あ、あれ?」
「な……なんで?」
男たちが口々に震える声で言った。
俺自身にも分からなかった。
ただ、胸の奥が熱い。
俺の中に苛立ちが再びこみ上げてくる。
昨日も、今日も、同じだ。
俺の家まで来て、石を投げ、笑っている。俺を虐げる。
こいつらは俺をなんだと思っているんだ?
握りしめた拳が震えた。
気づけば、俺は掴んだ石を振りかぶっていた。
狙いを定めたわけでもない。
ただ、本能のままに投げつけた。
轟音が走った。
風が裂けるような音がした。
石は目にも止まらぬ速さで飛び、銃弾のように男たちの顔の間をすり抜けていった。
誰も動けなかった。
次の瞬間、家の向こうの木々がざわめき、はるか遠くで何か大きな物が砕ける音がした。
若者たちは、顔を引きつらせたまま硬直していた。
「ひ…ひぃ…」
「……に、人間じゃねえ……」
「ロ、ローガン、お前……?」
恐怖が伝染するように、男たちは次々に掠れた声を上げる。
「た、助けてくれ!」
「こ…殺さないでくれっ!俺たちが悪かったよ!」
男たちは口々に叫びながら、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
俺はその場に立ち尽くした。
風が戻り、鳥がまた空を横切る。
遠くで、彼らの逃げる足音だけが小さく響いていた。
自分の掌を見つめる。
先ほど掴んでいた石の感触が、まだ残っている。
信じられないほどの力。
でも、確かに俺自身がやったことだった。




