第42話 タフだね、君
ジークと呼ばれた男の双剣が凄まじい速さで閃く。
爆ぜるような剣圧が、俺の目の前を走った。
「っ──!」
俺はジークの剣を、反射的に身体を逸らすことでかわした。
刃が頬をかすめ、一筋の髪の毛が宙を舞った。
「何っ!?」
ジークの驚愕が、空気を震わせる。
「な、何すんだよ、いきなり……!」
息を荒げながら、俺は構えを取る。
グランヒル山脈での過酷な旅が、俺の五感を極限まで研ぎ澄ませていた。
盗賊に魔物──いつ、どこから攻撃が飛んできてもおかしくない状況。
その中で、俺は生き延びてきた。
だから、ジークの剣筋も、わずかにだが“読む”ことができていた。
「テメェ……!俺の剣をかわすとは、ただの"賊"じゃねぇな!?」
ジークは吐き捨てるように言い、双剣を構え直す。
その目は完全に“敵”を見る目だ。
「おい、ちょっと待て!俺は賊なんかじゃ──」
「うるせぇ!!」
怒号が飛ぶ。
「白昼堂々イリス様を誘拐しておいて……言い訳抜かしてんじゃねえッ!!」
(おい!!……また“誘拐犯”扱いかよ!!)
頭痛がする。
どうやら、俺は助けた相手の護衛に敵と誤解されているらしい。
最悪の展開だ。
「ジ、ジークさんっ!待ってください、その方は──!」
イリスの声が震える。
だがその言葉が終わるより早く、ジークの身体が動いた。
再び、剣閃。
「ちょ、話を聞けって……!」
叫びながら、俺はジークの連撃を紙一重で避ける。
ジークの動きは獰猛で、無駄がなく、明確な殺意がこもっていた。
まるで“訓練された獣”。
(精霊の力……使うか……?)
時間をゆっくりにして、その隙にこいつを倒す。
攻撃を避けながら、瞬時に考える。
──いや、駄目だ。
さっき使ったばかり。連発したら、俺の方が確実に倒れる。
それに、明日は入団試験だ。
今ここで倒れたら、明日の俺は絶対に使い物にならないはず。
攻撃を避けられ続け、ジークが痺れを切らして叫ぶ。
「あああクソ!!おいテメー!!往生際が悪いんだよッ!!」
「は!?いきなり襲ってきて、その言い草は何だよ!」
苛立つジークと、困惑する俺。
まったく話が噛み合わない。
(くそ……!このままじゃ埒が明かない……)
相手は、どうやら王都の精鋭部隊"近衛師団"。本物の実力者。
力ずくで抵抗すれば、事態はどんどん悪化する。
とはいえ、話を聞いてくれる雰囲気ではないことは明白だ。
──逃げるしかない。体勢を立て直すんだ。
ジークの剣をかわした瞬間、俺は地を蹴った。
路地の反対側へ全力で走る。
「お、おい!!待ちやがれッ!!」
ジークの怒声が背中を追う。
息が焼け、視界の端を石畳が流れていく。
──その時だった。
路地の出口、光の向こうに人影が立っていた。
赤い髪。
短く切り揃えられたショートヘア。
すらりとした体躯に、黒いマント。
胸には同じ"王家の紋章"。
(……あいつも近衛師団か?)
美しい女性だった。
だが、その姿がふっと揺らめいたかと思うと──
次の瞬間、消えてしまった。
「え?」
そして。
──ドゴッ!!
腹に、鈍い衝撃。
まるで丸太で思いっきり殴られたような衝撃が、内臓に轟く。
「がっ……!ぐ……!!」
息が抜ける。
俺はそのまま地面に倒れ込んだ。
腹部を襲う、激しい痛み。
肺が焼け、視界が滲む。
目の前に“足”が見えた。
朦朧とする意識の中、目線を上げると、そこにはさっき消えた赤髪の美女が立っていた。
手首を軽く回しながら、俺を見下ろしている。
「あれ。本気で意識飛ばすつもりで殴ったんだけどな……?タフだね、君」
淡々とした声。
無駄のない動き。
俺の視界が暗転していく。
「ローガンさん……っ!」
イリスの声が後ろから聞こえた気がした。
──そこで、俺の意識は途切れた。




