第3話 精霊との出会い
翌日、いつものように静かな朝が訪れた。
割れた窓から差し込む光が、家の中を淡く照らしている。
昨日のことを思い出すと、胸がざわついた。
でも、俺には父が残してくれた畑を耕すこと以外にできることがなかった。
来年の収穫に向けて、今日も同じことを繰り返すだけだ。
家を出て畑に着くと、俺はいつものように鍬を振り始めた。
土を掘ると、微かにひんやりとした感触が指先に伝わる気がした。
そのとき、風とは違う何かが耳元を撫でた。
――声だった。
「ねえ、あなた……」
「…え?」
ここには俺以外誰もいないはずだ。俺は声の方に振り向く。
そこには、光の粒のようなものが揺らめいていた。
それは、かすかに「人」の姿をしていた。それは、確かにそこに存在している。
言葉が出なかった。俺は頭がおかしくなったのだろうか。
光の粒は、次第に輪郭を帯び、やがて女性の姿になった。
小麦色の美しい髪が朝の光に揺れている。女性の胸元は大きく開かれ、そこから豊かな乳房をのぞかせている。
まるで「女神」のような美しい顔立ちの女性がこちらを見ている。
「……え!?ちょ、ちょっと……」
俺は言葉がうまく出なかった。驚きで息が詰まる。
「あはは、驚きましたか?」
柔らかく、しかしはっきりした声が耳に届く。
「……い、いや、その、だ、誰ですか…?」
声が震えている自分に気づいた。
「私の名はオルミア。大地の精霊ですよ」
オルミアはそう言って優しく微笑んだ。
「…は?せ、精霊?」
俺はきっと、毎日の農作業の疲れでおかしくなり、幻を見ているのだ。
精霊なんているはずがない。
「私は、あなたが毎日この土地を耕す姿を、ずっと見ていました。ローガン・アースベルト」
「え……?な、なんで俺の名前を……」
言葉が出ない。耳を疑う。
「誰も見向きもしなくなった、この土地を……あなたは、諦めずにずっと耕していましたね」
オルミアは穏やかに言った。
「そして、"助けてほしい"と心で願った」
「!」
俺は確かに昨日、助けてほしいと心の中で呟いた。
「だから、私はこうして姿を現したのです」
「い、いや。俺……助けてほしいとか、別にそんなつもりじゃ……」
どう説明していいかわからず、言葉が途切れる。
オルミアは首を傾げ、ふっと笑った。
「あなたは、無言で土と向き合い続けた。その真摯で誠実な行いに、大地の精霊として心から感謝します」
その笑顔が胸に刺さるように、静かに響いた。
土を耕して誰かに感謝されたことなど、初めてだ。
俺にはそれしかなかったから。
「……お礼に、私の力を分けてあげましょう。それがきっと、あなたを"助けて"くれるはずよ」
オルミアが優しい笑みを浮かべて俺に近づく。
半信半疑の俺に、手を差し伸べた。
「……ち、力?」
「そう。"精霊"の力よ」
彼女は躊躇なく、俺の胸元に手を置いた。
触れた瞬間、自分の心臓の音が耳に鮮明に響いた。そして、オルミアの掌から伝わる異様な熱と重さ。
「……な、何だ、これ……」
言葉を呑む。オルミアの手が光り始め、その光はじんわりと俺の体を包むように広がる。
自分の血が沸騰するように暑くなるのを感じた。全身が内側から震える。
「……大地を信じなさい、ローガン」
オルミアの言葉が、体の奥まで届いた。
それは、死んだ父の言葉だった。
目を開けると、世界は真っ白な光に覆われていた。
光に包まれたまま、俺はゆっくりと目を閉じた。




