第35話 おかえりなさい
俺が入れられていた地下牢の鉄扉が、ゆっくりと開かれる。
俺は燦々と輝く太陽を見た。
久しぶりの光が、目に沁みる。
あの倉庫での惨劇から、数日が経っていた。
リアナとオーランドさんは、憲兵隊によって無事に救出された。
リアナは怪我もなく、オーランドさんも頭を殴られ気絶していたが、すぐに意識を取り戻した。
そして、フィンもすぐに病院に運ばれた。酷い怪我を負っていたが、担架で運ばれていくときフィンはどこか余裕そうに笑っていた。
一方の俺は、憲兵に連行され、医務室で簡単な手当てを受けた後、「誘拐・器物損壊・大量殺人」の容疑でエルドリッジの地下牢に拘留された。
地下牢は、湿った石壁に冷たい水滴が落ち、鉄の臭いと腐敗した匂いが漂っていた。
一日中、誰の声も聞こえず、時間の感覚すら曖昧になる。
俺の精神は、ゆっくりと擦り切れていった。
そして、あの時のリアナの顔が、何度も脳裏をよぎる。
あの“恐怖”に満ちた目。
まるで、俺という存在そのものを拒絶するような視線。
それに、あの惨状。
俺が十数人の命を奪ったという事実。
リアナ達を誘拐した悪党とはいえ、殺さなければならなかったのか?
気絶させるだけで済ませることもできたんじゃないか?
リアナ達を助けるため、と言えば聞こえはいいが、あの瞬間、俺は"楽しんでいた"。
人を殺すことを。
自分の全能感に酔っていた。
あのとき、俺の中で何が起きていたのか。
頭の中で響いた、『演算を起動します』という言葉はなんだったのか。
なぜ戦いの素人の俺に、あんな動きができたのか。
今となっては、何も分からない。
俺は、意外なほど早く釈放された。
リアナとフィンが、全てを証言してくれたからだ。
彼らの証言によって、ルシアンの企みが公となり、俺の無実が証明された。
牢を出た俺を迎えたのは、顔面包帯だらけのフィンだった。
「……よう。お疲れ」
「……」
俺は、ただうなずくことしかできなかった。
事件から数日経って、憲兵隊がルシアンの屋敷を捜索したところ、違法薬物の売買、資金横領、監禁、殺人など、数々の悪行の証拠が山のように見つかった。
フィンの兄でハーヴィン商会の社員だった、エイデン・マーロウの死にも、ルシアンが関与していた。
それが公になったことは、フィンにとって幸いなことだっただろう。
また、ドレグをカースヴェイン監獄から釈放させるために、商会の金を横領していたことも判明した。
ルシアンもドレグも、その一味も、全員が死んだ今となっては、奴らの計画の全容は分からなかった。
が、ルシアンは大会当日まで俺が出場することを知らなかった。
だから、「俺に罪を着せる」という計画は大会当日に思いついたのであろうということは、俺にも分かった。
フィンの話では、俺が十数人を殺したことは、憲兵には伏せたそうだ。
「ドレグ一味とルシアンが仲間割れをして、互いに殺し合った」ということにしてくれたらしい。
地下牢から市街地へ向かう帰り道、並んで歩いているフィンが言った。
「お前は"英雄"だってよ、ローガン」
「は?……俺が、英雄……?」
ルシアンの本性を知った市民たちは皆、驚愕していた。
一方で、俺とフィンは“リアナとオーランド会長を救出した英雄”として、エルドリッジの人々から称賛された。
エルドリッジの街を歩くと、すれ違う人々から歓声が上がる。
「リアナさんを助けてくれてありがとうね!」
「あんたは、本当に勇敢な男だ!!この街にずっといてくれよ!」
だが、俺はその称賛を受け入れられなかった。
俺は、そんな資格のある人間じゃない。
「肝心の大会は有耶無耶になったけどな」
フィンが歩きながら肩をすくめる。
「事務局は“ローガン・アースベルトを優勝者とする”ってさ」
「……優勝?」
「ああ。よかったじゃねーか。お前セリオンに行きたかったんだろ?」
理解が追いつかなかった。
あの時、ルシアンに全く歯が立たなかった俺が?
精霊の力というズルを使って勝ち上がった俺が?
念願の王都セリオン行きの切符を手にしたはずなのに、それを喜ぶ気にはなれなかった。
リアナとは、あの事件以来、一度も会っていない。
オーランド会長は商会長を辞任するらしいと、噂で聞いた。
「まあ、お前はやるべきことをやったんだよ。そう、暗い顔すんじゃねー」
フィンはぶっきらぼうに言ったが、声はどこか優しかった。
フィンは、俺が一方的にルシアン達を殺した時の異常な動きについて、何も聞いてこなかった。
「……フィンは、これからどうするんだ?」
「さてな。街のガキに剣術教えるのも飽きてきてよ。気ままに旅でもすっかな」
「そうか」
「お前は、セリオンに行くんだろ?近衛師団の入団試験、受かるといいな」
「……」
「元気でな、ローガン。お前とは、またどこかで会えるような気がするぜ」
包帯越しでも、フィンが笑っているのが分かった。
俺は無言のまま、歩き続けた。
.
.
.
俺はカレンソ村の自分の家に帰った。
二週間ほど開けていただけだが、随分と久しぶりな気がした。
相変わらず薄暗く、静かで、埃の匂いがする。
俺が出ていった時のままだった。
だが。
俺のベッドの上に、誰かが座っていた。
金色の髪が、薄暗い部屋の中で淡く光っている。
目を細め、微笑むようにして俺を見ている。
「おかえりなさい、ローガン」
オルミアだった。




