第30話 どうか、助けて
「……引き継ぐって……そんなこと……お父様が許すわけがない!私だって——!」
叫んだ。声が震えていた。ルシアンは微笑を崩さない。
「ああ、許していただかなくて結構ですよ。あなた方お二人は、ここで“亡くなる”運命ですから」
「え?……な、なにを言っているのですか……?」
理解が追いつかない。いや、理解したくなかった。
この男は、おそらく本気で言っている。
「そ、そんなことをしたら……あなたがどうなるか分かってるの……?」
声が裏返った。怒りよりも、恐怖のほうが強かった。
ルシアンは一瞬だけ目を細めた。
それは、まるで憐れむような眼差しだった。
「ご心配ありがとうございます。ですが、私の罪は、すべて“彼”が被ってくれるので、何も問題ありません」
「彼……?」
「ローガン・アースベルト。今頃、憲兵隊に追われて逃げ回っているでしょう。まあ……捕まるのも時間の問題でしょうが」
「そんな、ローガンが……!」
息が詰まる。
どうして?
どうして彼がそんな目に遭わなければならないの。
彼は何もしていないのに。
「ロ、ローガンが捕まったとしても、彼が証言するでしょう!あなたに罪を被せられたと!そうすれば、あなたの立場は……」
「彼と私……このエルドリッジの民は、一体どちらを信じるでしょうか?彼の言うことなど、見窄らしい農夫の戯言だと聞き流されるだけでしょう」
ルシアンはそう言い放つと、突然腰に差していた短剣を抜いた。
光が銀の刃に怪しく反射している。
「さて——」
彼は私を見下ろしながら言った。
「どちらがいいでしょうか?お父上の後を追うように死ぬか。それとも、先に逝ってあの世でお父上をお待ちになりますか?どうぞ、お好きな方を選んでください」
「……っ!」
全身が強張る。
息が浅くなる。
動けない。
足が震えて立ち上がれない。
「や、やめて……お願い、やめて……!」
私は縋るように叫んだ。
だが、ルシアンが持つ短剣は私に向かって止まらない。
彼の目は氷のように冷たく、何の感情も宿していなかった。
短剣の切っ先が、ゆっくりとこちらに向かう。
もう、逃げられない。そう思った。
(ローガン……!)
心の中で、ただ彼の名前を呼んだ。
助けて。どうか、助けて。
その瞬間。
「リアナッ!!」
私は倉庫の扉の方に目を向ける。
そこには、息を荒げたローガンが立っていた。その後ろには、顔に包帯を巻いた男の姿がいる。
「……おや?よくここがわかりましたね」
ルシアンは少し驚いたような顔をして言った。
「ルシアン……お前……!!」
ローガンの声は怒りに震えていた。
肩で息をしながらも、真っすぐにルシアンを見据えている。
「なぜ、ここにいると?」
その問いに、ローガンは静かに答えた。
「……リアナは、決勝が始まる五分前に俺に会いに来た。その後に誘拐されたとしたら、闘技場からあまり遠くには行けないはずだ」
「なるほど?」
ルシアンの声は淡々としている。
その目は氷のように冷たく、どこか退屈そうですらあった。
「それに、誘拐するだけなら、わざわざ爆発なんか起こす必要ないはずだ。大時計をあんな派手に吹き飛ばしたのは、闘技場から人を追い出すためだったんだろ」
「へえ……見かけによらず、随分と頭が回るんですね、あなたは」
ルシアンが口角を上げた。皮肉とも称賛ともつかない、冷笑。
「闘技場に戻ったら、案の定ドレグの手下がいやがった。そいつを締め上げたら、あっさりと居場所を吐きやがったぜ」
ローガンの隣で、顔に包帯を巻いた男が低く笑った。
ルシアンはその男を見ると、軽く首を傾げる。
「……あれ?おかしいですね。試合では、殺すつもりで殴ったんですが」
「ふざけんな!このフィン・マーロウが、そんな簡単にくたばるかよ!」
包帯の男、フィンが吐き捨てるように言った。
血のにじむ包帯の下から覗く瞳には、激しい怒りが宿っている。
(フィン・マーロウ……?)
準決勝でルシアンに敗れた男。大怪我を負って運び出されたはずの……。
どうして、その彼がローガンと一緒にここに——?
「どんな手を使ったか知らんが、ドレグをカースヴェイン監獄から釈放したのも、奴を大会に出場させたのもお前だな?ヴァルデック」
フィンの声が低く響く。
その名を聞いた瞬間、ルシアンの表情がわずかに動いた。
だが、答えはしなかった。沈黙が続く。
「リアナとオーランドさんを今すぐ解放しろ、ルシアン……!」
ローガンが怒声を放つ。
だが。
「ローガン!危ないっ!」
私の口から、思わず叫びが漏れた。
「えっ——」
その言葉が終わるより早く、背後の闇から複数の影が飛び出した。
ドレグ。あの巨体がローガンの背後に立っていた。ドレグがローガンの後頭部を殴りつける。
次の瞬間、鈍い衝撃音が響く。
「ぐっ……!」
ローガンが床に崩れ落ちる。
さらに、ドレグと共に現れたもう一人の賊が、フィンの頭を後ろから棍棒で殴りつけた。
「——っ!」
包帯の隙間から、さらに血が滲む。
「ローガンっ!」
私は叫んだ。
だが、その声は何の助けにもならなかった。
【作者からのメッセージ】
みなさま、いつもお読みいただきありがとうございます!
おかげさまで、30話を超えることが出来ました。本当にありがとうございます。
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これからもどんどん続けていきますので、今後ともよろしくお願いします!




