第19話 誰が奴を自由にした?
武芸大会は次々と進んでいった。
俺のように一瞬で決まる試合は稀で、ほとんどの戦いは十分近くも続いていた。
戦士たちは、木剣を使っているにもかかわらず、まるで真剣勝負のような殺気を放っていた。骨の折れる音、血の匂い、そして悲鳴。敗者はその場で担ぎ出され、勝者はそのまま医務室へ向かう。勝ち残るためには、傷を癒しながら体力を温存し、次の試合に臨まねばならない。
もはや戦場のような様相だった。
そして、控え室もまた、戦場のような熱気に包まれていた。
目を閉じて精神を集中する者、黙々と木剣を振る者、なにやら奇声を発して気合を入れている者。混沌としていた。
俺はその喧噪から少し離れた、控え室の奥に置かれた木の椅子に腰を下ろした。
朝、リアナから渡された弁当を取り出す。正直、気になって仕方がなかった。
朝はオルミアの家で朝食を食べてきたし、本当なら昼に開けるつもりだった。だが、あのリアナが作った弁当。どうしても今、確かめたかった。
弁当箱を開けると、丁寧に並べられたサンドイッチが目に入った。
果物のジャムを使ったフルーツサンド。干し肉と野菜を組み合わせたボリュームのあるサンド。見た瞬間、思わず笑みがこぼれた。
「リアナ……普通に料理上手いじゃないか」
独り言のように呟き、サンドイッチを手に取る。口に入れようとした、その時だった。
「あっ!!い、いたーっ!!」
大きな声が響いた。思わず顔を上げると、ブラウンの短髪に革の胴着を着た剣士風の男がこちらを指さしていた。
「あんた、ローガン・アースベルト……で合ってるよな?」
「そうだが……?」
(誰だ?こいつ)
訝しげに答えると、男は満面の笑みで駆け寄ってきた。
「さっきの試合、見てたぜっ!あのドレグを一瞬で倒すなんて……あんた、見た目は地味なのに、すげー強いんだな!」
「あー……ありがとう」(地味は余計だろう)
男はニッと笑い、俺の隣にどかっと腰を下ろした。
「俺はフィン・マーロウ!よろしくな。エルドリッジで剣術を教えてるんだ。"左風のマーロウ"って聞いたことないか?……俺がそのマーロウだ!あー、"左風"ってのは、俺が左利きの剣士だからつけられた異名なんだけどな」
「は、はあ……」(なんなんだ、こいつ。よく喋るな……)
フィンは俺の反応などお構いなしに、さらに続けた。
「……前にな、俺の教え子がドレグの一味に襲われたんだよ。命は助かったが、ひどい怪我で今も寝たきりでな。だからよ、あんたがあの野郎をぶっ倒してくれて、正直すかっとした!ありがとな、ローガン」
彼は心からの笑みを浮かべていた。
"屠殺のドレグ"。本名、ドレグ・アルガント。その名はカレンソで暮らす俺でも知っている。エルドリッジの裏社会で悪名を轟かせた盗賊団の首領。数百人の部下を従え、殺人・強盗・強姦とありとあらゆる悪事を働いた人間。
しかし数年前、仲間割れを起こして部下八人を殺害し、自警団に捕らえられたはずだった。
その後、カースヴェイン監獄――セリオンで最も厳重な監獄に収監された、と聞いていた。
試合でドレグと対峙した際、俺は精霊の力をうまく使えるかで頭がいっぱいだったが、よくよく考えるとおかしな点があることに気づいた。
「……なんで、あのドレグが出場してるんだ?監獄にいるはずだったろう」
俺の問いに、フィンは腕を組んで頷いた。
「ああ、やっぱり気になるよな。俺もだよ。脱獄って線も考えたが、こんな人前に出てくる馬鹿はいねぇ。この大会はエルドリッジ領主公認だからな。捕まえてくださいって言うようなもんだ」
「じゃあ……?」
「つまり、奴は"合法的"に出場してる。誰かが、奴を釈放させたんだ」
あのドレグを釈放させた人間がいる――?
なぜ?誰が?
俺の考えが深まるより早く、轟音のような歓声が闘技場の方から響いた。




