第1話 大地の少年
ーー数年前
■ローガンside■
「……朝か」
冷たい風が頬を撫でる。窓から差し込む光が俺の瞼を強引にこじ開けようとする。
朝が来るのが、少し怖い。陽が昇れば、また一日、同じように働かなければならない。
けれど、それを怠れば、誰も俺のことを生かしてはくれない。
「……今日も始めるか」
俺は誰もいない部屋の古いベッドに腰掛け、自分に言い聞かせるように呟く。
顔を洗い、服を着替える。何か腹に入れたいが、この家には食べるものが何もない。
俺は鍬を持ち、家の扉を開けて外に出る。
畑に行く途中、村の人間とすれ違う。
「あっ……」
彼らは、俺を見ると顔をしかめ、無言ですれ違う。
仮に俺が挨拶をしても、誰も返してはくれない。だから、俺も無言でただ歩く。
「呪われた子」――村の人間は俺のことをそう呼ぶ。
両親が作物にまじないをかけて、村を飢えさせたのだと、そんな噂が残っている。
その両親は3年前に病気で死んだ。
俺には、何も分からない。ただ、父と母が懸命に土を耕していた姿だけは覚えている。
あの人たちは、この村の誰よりも真面目に働いていた。
その背中を見て育った。だから俺も、鍬を握る。土を耕す。
冬を越え、霜が解けるころには、畑の土は柔らかくなる。その感触が、少しだけ俺を落ち着かせる。
麦の種を指先でつまみ、ひと粒ずつ、確かめるように埋めていく。
誰かに笑われても、俺はそれをやめなかった。
風が吹くたびに、父の声が聞こえる気がした。
「大地を信じなさい、ローガン」
父はそう言っていた。
俺は空を見上げる。雲はゆっくりと流れ、遠いところへ消えていく。
俺も、いつかこの村を出る日が来るのだろうか。
その答えは、誰も知らない。




