第12話 掴み取る
あれから――リアナと再会してから、二週間が経った。
俺は今、エルドリッジの中央にある巨大な闘技場の前に立っている。
目の前にそびえるのは、灰色の石で組まれた円形の建物。
陽の光を受けて白く輝く外壁は、まるで神殿のような威厳を放っていた。
人の声、蹄の音、鉄のぶつかる音――
周囲はすでに人で溢れ、ざわめきが波のように押し寄せていた。
ここに来たのは、武芸大会に出場するためだ。目指すは、ただひとつ。優勝して、首都セリオンに行く権利を得る。
受付の前には、長い列ができていた。並んでいるのは皆、見るからに屈強な男たちばかりだ。
筋骨隆々とした腕、戦い慣れた眼つき。その中で、自分だけが場違いに思えてくる。
体格では負けていないかもしれないが、剣術の経験が一切ない俺は、間違いなくこの中では「弱者」の部類に入るだろう。
(……俺は、こいつらと戦うのか)
喉の奥が少し乾いた。
大会はトーナメント制だ。試合は木製の剣で行われ、審判はいない。相手を戦闘不能にするか、降参させるか――それだけが勝利の条件。
おそらく百人ほどの参加者がいる。優勝するには、この中を勝ち抜くしかない。
列に並びながら、俺は深く息を吐いた。心臓の鼓動が、徐々に速くなる。
その時だった。
「あっ!ローガーンっ!」
はっとして声の方を振り向くと、人混みの中からリアナがぶんぶんと手を振っていた。
今日の彼女は、淡い青のドレスに白いリボンを結び、ポニーテール姿だった。
陽の光を受けて、彼女の姿はひときわ眩しく見えた。
「リアナ!もう来てたのか。早いな」
「うんっ!……試合が始まる前に、どうしてもローガンに会っておきたくて」
その言葉に、胸の奥が少し熱くなる。
「え?それは、どういう……」と俺が聞き返そうとしたところで、リアナは小さな包みを取り出した。
「はいっ!早起きしてお弁当作ってきたから、お腹が空いたら食べてねっ」
「え、あ、ありがとう……大事に食べるよ」
包みを受け取ると、ふわりと良い匂いがした。言葉にできない感情が胸の奥に込み上げた。
「えへへ……料理、普段しないから美味しいかは分からないけどねっ」
リアナは照れたように笑う。その笑顔に、自然と頬が緩んだ。
「あ、あとね!もし試合で怪我しちゃっても、私がすぐに手当してあげるから。安心してねっ」
そう言うと、リアナは誇らしげにカバンの中から救急箱を取り出した。
「はは、ありがとうな。これで心置きなく戦えるよ」
「えへへ……あ!で、でも、なるべく怪我なんてしないでね。ローガンが傷付いたら、私……」
リアナは一瞬、悲しそうに目を伏せた。その表情を見て、胸が締めつけられる。
(――俺は、この人の期待に応えなきゃいけない)
拳を握りしめ、俺は心の奥で静かに誓った。
「リアナ様」
背後から冷たい声がした。
振り向くと、深紅の上着をまとった男――ルシアンが立っていた。
切りそろえられた銀髪と、鋭い瞳。その立ち姿には、言葉にし難い威圧感があった。
「あ、ルシアン……」
「そろそろ観客席へ。お父上がお待ちですよ」
「は、はい!今行くから。じゃあまたね、ローガン!頑張ってねっ!」
リアナは小走りで走り去っていった。その場に、俺とルシアンの二人が残される。
「……あ、貴方も出場されるのですね。えーと、確か名前は……」
ルシアンは、まるで思い出す価値もないとでも言いたげな調子で言った。
「ローガン。ローガン・アースベルトだ」
俺はその視線を正面から受け止め、静かに名を告げた。
「ああ、ローガンさんでしたね。貴方も剣術を?」
「いや、剣の心得はない」
「ほう……?では体術の方が得意なのですか?」
「……いや、そっちも特にやったことはないんだ」
一瞬、ルシアンの表情にあからさまな侮りが浮かんだ。
「そうですか。まあ……せいぜい怪我をしないように気を付けてください」
それだけ言うと、ルシアンは興味を失ったように背を向けた。彼の背中を見送りながら、俺は無意識に拳を握っていた。
肌が粟立つような圧。素人の俺でも、一瞬目を合わせただけで分かる。
あの男は、ただの剣士じゃない。間違いなく強い。
だが、俺は絶対に負けない。この手で、掴み取るんだ。
リアナのために。そして、自分のために。




