第10話 笑顔が見たい
俺は、夕暮れに染まる街道をひとり歩いていた。
橙色の光が石畳に長い影を落とし、遠くでカラスが鳴いている。
リアナと別れてから、俺はしばらく言葉を失っていた。
彼女は別れ際、何度も名残惜しそうにこちらを振り返っていた。
「また会おうね、ローガン」
その言葉は、少し震えていた。時間があれば、もっとゆっくり話せただろう。
久しぶりの再会だったのに、稽古の時間が迫っていたせいでわずかな会話しかできなかった。
それでも、三年ぶりに彼女に会えたのは本当に嬉しかった。
俺は、胸の奥に残る温かい感情を噛み締めながら、考えていた。
(武芸大会、か……)
たしかに出るとは言った。けれど、現実的に考えれば俺に勝ち目はない。
武術の心得など一切なく、今まで農具を振るうことしかしてこなかった男が、都市中の剣士や傭兵たちと競えるわけがない。
頼れるものがあるとすれば――あの「精霊の力」だけだ。
だが、それが本当に自分に宿っているのか、まだ確信はない。
あのとき石を掴めたのは、何かの偶然だったのかもしれない。
「……どうすれば、あの力を自由に使えるんだ?」
俺は一人で呟いていた。
考えても答えは出ない。俺の浅い頭では、理解の及ぶものではなかった。
明日また畑へ行ってみよう。
あの精霊を自称する女性――オルミアに会って、確かめるんだ。
会える保証はないが、それしか方法はない。
沈む太陽が、丘の向こうに見えた。
俺は静かに息を吐き、村への帰路を急いだ。
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ーーそのころ。リアナは、エルドリッジの石畳を軽やかに歩いていた。
胸の奥が、ふわりと温かい。
3年ぶりにローガンに会えたことが、ただただ嬉しかった。
背がぐんと伸びて、体つきは逞しくなっていた。
顔つきも少年のあどけなさが消え、凛々しい男性になっていた。
……正直、少しドキドキしてしまった。
話すとき、目をまっすぐに見られなかった自分が悔しい。
あの分厚い胸板、力強い肩の線。
三年前は、あんなに細かったのに……!
本当に、ローガンは変わった。男らしくなった。
けれど。
その瞳の奥には深い悲しみが宿っていた。
どこか遠くを見つめるような、痛みを抱えた眼差し。
三年前の飢饉と、ご両親の死。
あの出来事以来、ローガンは村で孤立してしまった。
それを知っていながら、私は何もしてあげられなかった。
一度もローガンに会いに行ってあげることができなかった。
そばにいてあげられたら、何か違っていたのかもしれない。
でも、彼は生きている。
たくましく、生き抜いている。
彼の年季の入った服、そして服についた土が、その証だ。
彼との会話を思い出して、思わず笑みがこぼれてしまう。
武芸大会の話を振ったとき、ローガンは少し戸惑っていたけど、「出るよ」と言ってくれた。
それが嬉しかった。
けれど、あとから胸がざわついた。
彼は争いを好む人じゃない。
子どもの頃から優しくて、魚や虫を捕まえてもすぐに逃してあげていた。
そんなローガンが、誰かと戦うなんて……
も、もしかして、私が「優勝できるかも」なんて言ったから、優しい彼は気を遣ってそう答えてくれたのかもしれない。
「……もしローガンが怪我でもしたら、どうしよう……!私のせいだわ」
そうだ!当日は救急箱を持っていこう。何があってもいいように、手当の練習もしておかなくちゃ。
それに、お弁当も作っていけばローガンは喜んでくれるかも。
ローガンの笑顔が見たい。
彼が笑うと、子犬のように愛らしい表情になる。
それは、子どもの頃ずっと一緒にいた私だけが知っているのだ。
私は頬が少し赤くなるのを感じた。




