プロローグ 皇帝と女たち
夜が終わろうとしていた。窓の向こうに広がる王都セリオンの街並みは、まだ薄い霧の底に沈んでいる。
遠くで鐘の音がひとつ響き、やがて静かに消えた。
巨大な王宮の最上階。この国を治める皇帝の寝室。そこに、一人の男が立っている。
皇帝、テルヴァニア七世。本名をローガン・アースベルトという。
筋肉の浮かぶ広い背中と、落ち着きのある清廉な顔立ち。その姿に、かつて土を耕していた農夫の面影を見つける者はもういない。
彼はゆっくりと立ち上がり、厚い天蓋を押し分けた。大きなベッドには、四人の裸の女性達が眠っている。
金髪の女は穏やかな寝息を立て、赤髪の女は腕を緩やかに伸ばしていた。エメラルドグリーンの髪の女は夢を見ているのか微かに笑い、純白の髪の女は祈りを捧げるように胸の前で指を組んでいる。
戦乱も陰謀も、いまは遠い。この部屋には、わずかな息づかいと夜明け前の光しかない。
ローガンは窓のそばに立ち、外を見下ろした。首都セリオンを包む霧が少しずつ薄れ、黄金の屋根が光を取り戻していく。その光景を見つめながら、彼は短く息を吐いた。
――ずいぶん遠くまで来た。
胸の奥で、土の匂いがかすかに蘇る。あの頃、鍬を握りしめ、荒れた畑を耕していた自分。泥にまみれた少年の手が、今はこの国を支えている。
この物語は、その少年の歩いた道のりである。
不思議な運命に導かれ、貧しさと孤独を抱えながらも、やがて一つの国を治めることとなった男の、生涯の記録。




