第7話 相棒への報酬
地下牢の通路を抜け、鉄格子の前に戻ってきた。
俺と相棒が並んで現れると、牢の中にいたガキ共が驚いた顔をしてやがる。
「……え?」
「なんでチュウニ……傷ひとつねえじゃん……」
ガキたちの視線が一斉に相棒に突き刺さる。 昨日まで壁際で縮こまっていた奴が、今は俺の隣で立っている。 その姿に、驚きと苛立ちが混ざったざわめきが広がっていく。
俺は鉄格子の前で立ち止まり、わざとゆっくりとした口調で言ってやった。
「お前ら、よく聞け。こいつは今日から俺の相棒になった。牢の中で腐ってるのは今日までだ。これからは外で俺の補佐をする」
その瞬間、呆然としていたガキどもが一斉に声を荒げた。
「はあああ!? なんでチュウニだけ!」
「ふざけんなよ! 俺らは? なんでそいつだけ!」
罵声が飛び交う。だが、俺は笑ってやった。
「残念だったな。こいつをイジメてなければ、少しは情けをかけてやったかもしれねえのに。まあ、そういう運命だ」
相棒は隣で縮こまっていたが、俺は肩を叩いてやった。
「堂々としてろ、相棒。お前はもうこいつらとは違う」
「う……うん」
牢の中の空気がさらに荒れる。
「なんでお前だけ!」
「ぶっ殺すぞ!」
「な、なあ、兄さん! そんなやつ、何にもできねえウジウジして、体力もねえ、ただのキモオタだ! 俺らのほうが役に立つぜ! な? なあ!」
「ねえ、あーしも出してよ!」
相棒だけ自由の身になったことが相当不満なようでブチ切れ、自分たちのほうが役立つと言ったり、懇願してきたり、なんとも見苦しいガキどもだ。
「あーあ、俺の相棒を侮辱しやがって。約束だから手は出さねえけどよ。これじゃ、お前らは一生ここかもな」
「「「っっっ!!??」」」
ショックを受けた様子で絶句するガキども。
なんで相棒だけ外に出られて自分たちは牢屋なのかと訳が分からない様子。
ただ、 その中で唯一声を荒げなかった女に俺は視線を向けた。
「だが、そこの黒髪の女。クロカワっつったか? お前だけは別だ」
俺の声が牢内に響いた瞬間、空気が止まった。
隅で静かに座っていた黒川が、ぱちりと目を見開く。
「……え?」
「お前だけは相棒を侮辱してなかったようでな。相棒もそれは感謝してるらしい。だから、これからこいつにはいろいろ働いてもらう。お前はその身の回りの世話でもしてやるんだな」
黒川は立ち上がりかけて、戸惑いながら言葉を探していた。
「……私が……?」
「そうだ。お前は出してやる。よかったな」
その宣言に、牢の中が爆ぜたように騒ぎ出す。
「なんで黒川だけなんだよ!」
「ふざけんな、チュウニ! 仕返しのつもりか!」
「お前、帰ったら覚悟しろよ!」
罵声が飛び交う。 相棒は肩をすくめて縮こまっていたが、俺は笑っていた。
「残念だったな」
それだけ言ってやったら、激しいショックを受けたようで、ガキどもは押し黙った。
するとクロカワは一歩前に出て、俺を見上げた。
「そんな……わ、私だけ……あの、みんなはだめですか?」
その声は震えていたが、真っすぐだった。
なるほど。相棒が気にしてるだけあって、確かにこいつもお優しいようだな。
だが、 俺は即答した。
「ダメだ。お前だけだ」
クロカワは言葉を失い、相棒の方をちらりと見た。
相棒は何も言えずに俯いていた。
その時だった。 牢の奥から、別の声が響いた。
「ねぇ~レイヴァ様ぁ~♡」
甘ったるい声。 視線を向けると、派手な髪色に濃い化粧、露出の多い服を着た女子が鉄格子に身を寄せていた。
「うちもぉ~、チュウニのことぉ~、そんなに嫌ってなかったしぃ~? ねぇ~? 見逃してくれてもよくなぁい?」
鉄格子越しに胸元を強調しながら、媚びた笑顔を向けてくる。
「あのさ~レイヴァ様ってぇ~、強くてカッコよくてぇ~、マジ尊いって感じぃ~♡ 」
俺は眉をひそめた。 相棒は完全に固まっていた。
突如身を乗り出してくる、派手な小娘。
「ねえ~チュウニからも言ってよ~♡ あーし、チュウニがオタクだからってバカにしないし~♡ むしろ尊敬してるし~♡ ねえ、レイヴァ様に言って~」
相棒は完全に固まっていた。
「う、あ、えっと……」 」
言葉にならない。顔は真っ赤、視線は床に泳ぎっぱなし。 女に免疫がないのか、見てるこっちが気の毒になるほどの挙動不審っぷりだ。
イロカは構わず、短いスカートをひらひらさせながら俺に向き直る。 胸元を押しつけるように鉄格子に寄りかかり、媚びた笑顔を浮かべる。
「レイヴァ様ぁ~♡ あ~し、イロカって言うんだけどぉ~、もし出してくれたらぁ~、マジでなんでもご奉仕しちゃうしぃ~♡ ほんとにぃ~、なんでもって感じぃ~♡」
その声は甘く、ねっとりしていて、牢の空気が一瞬ねじれたように感じた。 他のガキどもは「は?」「こいつ何言ってんの?」と冷ややかな視線を送る中、イロカは気にも留めず、俺に向かってウインクを飛ばしてくる。
「ねぇ~? レイヴァ様ってぇ~、強くてカッコよくてぇ~、マジ尊いって感じぃ~♡ あ~し、ファンになったしぃ~♡ マジ抱かれたいって思ったんだ~♡」
俺は腕を組み直し、ため息をひとつ。
「……お前、『チュウニはキモい』って言ってたよな?」
「え~? そんなのぉ~、ノリっていうかぁ~、空気っていうかぁ~、マジで本気じゃなかったしぃ~♡」
「ふん……」
俺はイロカをじっと見つめた。
その笑顔の奥に、計算と焦りが見える。
牢から出るためなら、何でも言う。
何でもやる。
そういうタイプだ。
そして――俺は、そういう女は嫌いじゃねえ。
口では媚びて、目では値踏みして、体を武器として振るう。
戦場とは違うが、これはこれで一種の『闘い』だ。
俺は口元にスケベな笑みを浮かべて、言ってやった。
「よし、分かった。お前は俺の“愛人”として外に出してやる!」
牢の中がざわついた。
「はあああ!? 愛人って何だよ!」
「ふざけんなよ! っ、おい色香! お前、俺らは見捨てんのかよ!」
「マジで意味わかんねー!」
イロカは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに満面の笑みを浮かべて鉄格子に胸を押しつける。
「え~♡ マジでぇ~? レイヴァ様、あ~しのこと選んでくれたのぉ~? うれしすぎてヤバいんだけどぉ~♡」
「選んだっていうか、まあ……面白そうだからな。あと、異世界の女も抱いてみてー。クロカワは相棒のものだしな」
「ありがとぉ~♡ レイヴァ様、マジ神ぃ~♡」
イロカはスカートをひらひらさせながら、鉄格子の前で小躍りしていた。
その様子を、相棒とクロカワは唖然とした顔で見ていた。相棒は口を開けたまま固まり、クロカワは目を伏せて何かを飲み込んでいた。
牢の中のガキどもは、怒りで顔を真っ赤にしてギャーギャー騒いでるが、もう決まったことだ。
俺はイロカの腰を引き寄せ、耳元で囁いた。
「じゃあ、俺の愛人として証を立てろ」
「もっちろ~ん♡」
イロカは迷いなく俺に抱きつき、唇を押しつけてきた。
甘ったるい香水の匂いと、ねっとりしたキス。
やるとなったらとことんというタイプ。
だいぶあばずれなんだろうが、顔も体もまあまあだし、何よりノリがいい。
気に入った。
俺はイロカの腰に手を回しながら、牢の中に向かって言ってやった。
「お前らは、そこで仲良く腐ってろ。俺はこいつらと外で忙しいんでな」
そして、俺は相棒とクロカワ、そしてイロカを連れ出す。
俺たちは地下牢から地上へと戻る。
空気が違う。湿った牢の匂いから、王城の香木の香りへ。
相棒はまだ緊張して、黒川は「私たちだけ……」と残された奴らを心配そうにし、一方でイロカはスカートをひらひらさせながら鼻歌を歌っていた。
ちょっと空気を変えるか。
「よし、相棒。せっかく互いに男と女のペアができたんだ。相棒になった記念の儀式でもやるか」
「え……儀式?」
相棒が目を丸くする。 黒川は少しだけ眉をひそめ、イロカは、
「え~♡ なになにぃ~? パーティーとかぁ~?」
と食いついてきた。
俺はニヤリと笑って言った。
「そうだ、パーティーだ。全員、今から俺の寝室に来い。ちょっとしたパーティーでも開くぞ。相棒就任祝いだ」
「ええっ!? 寝室!?」
そう、今からやるのは……
「隠し事なんざ一切不要。互いに目の前で、互いの女を抱き合う姿を見せる! 女を抱いてる時の仕草、目つき、息遣い――そういうのを見れば、そいつの人間性や本質が丸裸になる!」
相棒が目を見開いた。
「……は?」
「さあ、やるぜ、相棒! 俺はイロカを抱く。お前はクロカワを抱け。互いに見せ合って、信頼を深めるんだ。これが“相棒の儀式”ってやつだ」
言葉を失う相棒とクロカワと、ちょっと「まぢ?」と呆気にとられているイロカ。だけど、やると決めたからには、俺は三人を連れて寝室に向かった。




