第5話 世界崩壊を守るため
王城の地下牢。冷えた石の匂いが、さっきよりも強く感じた。
俺は再びこの場所に戻ってきた。さっきまで街で妹を救い出していたせいか、心の中にはまだ火がくすぶっている。だが、それ以上に、確信があった。
あのガキ――チューニオタの言葉は、ただの妄言じゃなかった。奴は本当に、何かを知っている。
階段を下りると、すぐに騒ぎ声が聞こえてきた。
「お前が余計なこと言ったせいで、あの危ない野郎に俺らまでやられるだろうが!」
「ふざけんなこの野郎!」
「チュウニオタの分際で、ナマイキ言うなし!」
「私たちどうなんのよ!」
牢の中は、まるで戦場のような口論の嵐だった。中心にいるのは、やっぱりあの根暗のガキ、チューニオタ。壁際に追いやられ、他の生徒たちから罵声を浴びていた。
「みんな、やめて! 彼の話を……!」
唯一そのイジメのような光景を止めるのは、あの黒髪の女。
だが、それもすぐに跳ねのけられる。
「うるせ、黒川!」
「お前もこいつの肩持つのかよ!」
「先生もいないんだし、気を使う必要ないっての!」
やかましい。ただ、どうやら見たところ、あのチューニオタと、顔のいい黒髪女以外は特に価値はなさそうだな。
俺は鉄格子の前に立ち、静かに息を吐いた。
「……騒がしいな」
その一言で、牢の中が凍りついた。
全員が俺の姿に気づき、顔を強張らせる。昨日、俺が一人を殴り飛ばしたことを思い出したのか、誰もが息を呑んだ。
「ま、また来た……」
「やばい……」
「くそぉ、ど、どうすれば……」
俺は無言で鉄格子越しにチューニオタを見つめた。
奴は俺の視線を受け止めながら、震えていた。だが、逃げなかった。
「おい、小僧」
俺は低く呼びかけた。
「お前は出ろ。改めてお前と話がある」
その言葉に、牢の中がざわついた。
「えっ……?」
「なんでチュウニだけ!」
「ふざけんなよ! あーしらも助けろし!」
「こいつだけ特別扱いかよ!」
ガキどもが口々に叫ぶ。だが、俺は一切耳を貸さなかった。今、俺が話すべき相手はただ一人。牢の中で唯一、俺の未来を知っていると口にした男だ。
「おい、小僧。ついてこい」
俺の言葉に、チューニオタは小さく頷いた。足元は震えていたが、目だけは真っすぐだった。
俺はそのまま、牢の奥にある尋問室へと向かった。
王城の地下牢には、捕虜を尋問するための個室がいくつかある。
石造りの壁、鉄の扉、木製の机と椅子。
余計な装飾は一切ない。
俺は部屋の奥の椅子に腰を下ろし、チューニオタに向かって顎をしゃくった。
「座れ」
「……はい」
チューニオタは椅子に座ると、緊張した面持ちで俺を見つめた。部屋の中は静まり返っていた。兵士たちも外で待機させてある。今は、俺とこいつだけの時間だ。
「……お前の言う通りだった」
チューニオタの目がわずかに見開かれた。
「妹が危ない目にあった。人間どもに襲われていた。護衛の兵士は全滅。シスクは泣き叫んでいた」
「……!」
「帝国兵だったのか聞く前に俺が殺しちまったから真相は分からねえが、とにかく俺が駆けつけなければ、どうなっていたか分からねえ。だが、俺は行った。お前の言葉が頭に残っていたからだ」
「そ、そうですか……じゃあ、シスクが無事なルートに入って……よかった」
俺の言葉にどこかホッとした様子のチューニオタ。よくわかんねーことをブツブツつぶやいてるが、とりあえず話を続ける。
「チューニオタだったな。お前の言うことが本当かどうかはまだわからねえ。だが、シスクが襲われたことは確かに当たってた。だから、お前がこの世界の未来やら俺の身に何が起こるのか……聞いてやる、話してみろよ」
宙仁はゴクリと唾を飲み込み、意を決したように口を開いた。
「俺たちは……この世界とはまったく違う場所から来ました。人種も文明も違う、魔族も魔法も存在しない、人間だけの世界です」
ただ、聞いてやるとは言ったものの、いきなり訳の分からんものから始まっちまったよ。
「魔族がいねえ? 魔法もねえ? それでどうやって生きてんだ?」
「科学と技術です。俺たちの世界では、自然の法則を研究して、それを応用して生活を便利にしてきました。魔法の代わりに電気や機械を使ってます」
すると、チューニオタはポケットから黒い板状の物体を取り出した。
「これが、俺たちの世界の技術の一つです。スマートフォン、略してスマホって呼ばれてます」
俺はそれを見つめた。見た目はただの黒い板。魔導具にも見えねえし、武器にも見えねえ。
だが、そいつが板に指をなぞらせるだけで、まばゆい光、精巧な姿絵、さらに板の中で動いている人間、様々なものが展開された。
まるで、魔法の鏡のようだった。
「これは……?」
「動画です。俺たちの世界の記録。これはニュース番組。世界の出来事を伝えるものです」
俺は目を見開いた。魔法の気配はない。だが、確かに動いている。人が喋り、音が出ている。しかも、触れるだけで画面が切り替わる。
「……魔法じゃねえのか?」
「違います。これは電気と回路、そしてプログラムっていう技術で動いてます」
「電気? 回路? プログラム? ……なんだそりゃ」
「説明すると長くなります。でも、俺たちの世界では、これが普通なんです。魔法がなくても、こういう技術で生活してます」
俺はしばらく黙ってスマホとやらを見つめた。
魔法じゃない。だが、確かに力がある。俺の世界では見たこともない力だ。
「……ま、俺もバカだから、細けえこと考えても分からねえから、いいや」。
「え……?」
「お前の言ってることが本当かどうか、全部理解するのは無理だ。だが、目の前で起きてることは事実だ。妹が襲われたのも、お前がそれを知ってたのも、まあ、異世界からとかそういう嘘ついても仕方ねーし、それは本当なんだろう」
俺は腕を組み直し、椅子にもたれた。
「信じてくれるんですか……ありがとうございます」
「ああ。だが、重要なのはこれからだ」
そう、別にここまでの話はまだいいこと。
大事なのは、ここから。
「で、お前は俺の未来を知っているようだが……そういうお前は俺の敵か……味方か……どっちなんだ?」
そう、重要なのはこれ。
こいつは俺やこの世界の未来を知っていると言っていた。
原理は分からねーが、とりあえずその知識もこいつの世界の技術か何かなんだろう。
だが、俺の未来を知っているということは、言い換えてみれば俺の未来をこいつは如何様にでもイジくれるということだ。
だからこそ、シスクを救うための情報を与えてくれたことには感謝してやるが、果してこいつを信用していいのかどうか。
すると……
「……俺は、敵じゃありません。味方です。少なくとも、今は」
「今はってのが引っかかるな」
「正直に言います。俺たちは、どうやったら元の世界に帰れるか分かりません。転移した理由も、方法も、何も分からない。だけど、この世界は……あんたを失えば、大変なことになる」
「俺を失えば?」
「そうです。そう遠くない未来で、この世界は、人も魔も関係なく、強大な力によって崩壊を迎えます。地が裂け、空が燃え、文明が消える。誰も生き残れない」
俺は眉をひそめた。冗談にしちゃ、目が真剣すぎる。
「なんだ? 魔王様がブチ切れたか?」
「いいえ……太古の怪物が蘇り、世界を壊し、人の心も壊し、全てを絶望に染めて無に帰す、悪魔でもあり、神でもあるような存在です。『パンドラ』っていう怪物なんですけど……」
「ぱんどら? 聞いたこともねえな……」
「ですよね。魔王や長命のエルフとかが微かに知ってるレベルの存在なんで……ただ、いずれにせよ、その脅威に対抗するには、あんたが必要なんです。あんたと、あんたの周囲の女性たちが」
「……女たち?」
人間でありながら、俺の敵ではない。俺を死なせるわけにはいかないというその言葉に嘘はなさそうだ。
しかも、失ったらまずいのは、俺だけじゃないとは……女?
「はい。人類の勇者たち、そしてあんたのハーレムメンバー。『姫騎士勇者ヤミナル』、『魔王の娘マキ姫』、『聖母マムミルク』、『竜人姫アルナキス』、そして最後に、あんたの妹シスク」
「ふーん……ヤミナルねえ…………んん? んん!? ちょっと待て! なんか、今、ヤミナルの後にとんでもねー名前が続いたぞ! マキ姫? さらに聖母やら、噂の竜人王の娘とか……つか、シスクも!?」
俺は思わずひっくり返りそうになってしまった。
出てくるネームがこれまたとんでもねえやつらばかりだからだ。
「でも、本当なんです。彼女たち全員が、あんたと身も心も完全に結ばれ合い、そして全員が子を身ごもる。その子たちが、この世界の崩壊を止める鍵になる。しかも、ただ子を産むだけじゃダメなんです。彼女たち全員が、そのことを『幸福に思って』、『あんたを心から愛し』、『この世界を守りたい』という意思を持つ必要がある。心から、あんたとの絆を信じて、未来を守る想いの力が必要なんです」
俺はしばらく黙っていた。尋問室の空気がさらに重くなる。
「いやいやいやいや、ちょっと待て! ヤミナルだけじゃなく、マキ姫まで? 手えだした瞬間に俺が魔王様に殺されるぞ! しかも愛される必要がある? 昨日、ヤミナルを心折ってやるぐらいの勢いで抱きまくったんだぞ!」
「あ、魔王の娘のマキ姫はそんなに心配ないです。ただ、問題は……犯しちゃったルートのヤミナル……ヤミナルはエロゲー序盤で犯せるキャラだからプレーヤーも迷わず犯す選択しちゃうんですけど……あえて犯さないルートに行くことで後々の世界崩壊対抗には楽に進めて……」
「ああ? 何ブツブツ言ってんだ、わけわかんねーぞ! あと、サラリとハーレムメンバーにシスクが入ってるのはどういうことだ? あいつは妹だぞ! しかも子を身ごもるってことは、俺たち兄と妹でエッチして孕ませろとか言うんじゃねえだろうな!」
「え、でも、それは問題ないです。だって、お二人は血が繋がってないから……妹さんはそのこと知ってて、小さいころからブラコンというより、あんたにガチ恋してて……」
「……え!? そうなの!? 俺たち血が繋がってないの!?」
もうなんか、驚いてばかりだった。




