第4話 予言の確信
王城の門を抜けた瞬間、俺は全力で駆け出した。
石畳の通りを踏み鳴らす足音。戦後の混乱が残る王都は、まだ完全に沈静化していねえ。瓦礫が散らばり、焼け焦げた建物の残骸があちこちに転がっている。民たちは怯えた顔で道端に身を寄せ、俺の姿を見ては目を逸らす。
魔王軍の軍団長――それが俺の肩書きだ。だが、今はそんな肩書きよりも、ただの兄として走っていた。
シスク。俺の妹。俺が唯一、心から信じて、愛する存在。あいつがもっと小さいころに両親が死んで、それからは二人で支えあって生きてきた。
そして、今ではあいつも魔王様の娘の側近として活躍している。将来有望で、将来を期待されて、幸せな未来しか考えられないあいつが、今この街で視察中に襲われているかもしれない。
チューニオタの言葉が頭をよぎる。
もし、それが本当なら――
「……くそっ!」
俺は歯を食いしばり、さらに速度を上げた。
シスクがどこを視察してるか分からねえが、とりあえず人の多そうなところだ。だが、街の構造は複雑で、戦後の混乱で道が塞がれている場所も多い。
通りの角を曲がった瞬間、民の悲鳴が聞こえた。
「きゃああっ! あ、悪魔」
「魔王軍の兵が……」
「あいつ、魔王軍の軍団長……ひええ……」
「娘たちを家の中に! あいつ、姫様でも勝てなかったって……目を付けられる前に隠れろ!」
民たちは俺を見て怯える。だが、今は構ってる暇はねえ。
その時だった。
遠くから、聞き慣れた声が響いた。
「お兄助けてェ!!」
シスクの声だ。
俺の心臓が跳ねた。声の方向を確認し、全力で駆け出す。
瓦礫を飛び越え、民を押しのけながら走る。
そして、聞こえてくるのは粗野な男たちの怒声。
「おとなしくしろ、この娘!」
「絶対に逃がすな。こいつはあのレイヴァの妹にして、魔王の娘の側近!」
「来い、王国は救えなかったが、人類のためにお前から搾り取れるだけ搾り取ってやる!」
「しっかし、かわいいねえ……魔族もこれだけ可愛けりゃ、いくらでもヤレるぜ」
「なあ、輸送の間にヤッちまおうぜ!」
「ばか、それよりも早く移動だ! 騒ぎを聞きつけ、魔王軍の兵が来ちまう!」
その声の中に、シスクの悲鳴が混じっていた。
「やめて! 私は……私は……離せ、触るな、私に触っていい男は、お兄だけなんだ!」
シスクの姿。
よかった。連れ去られてねえ。
殺されてもいないし、まだ犯されているわけでもねえ。
よかった……
そしてホッとした直後、俺は怒りで視界が赤く染まった。
連れ去られようとしているシスクの周囲には、シスクを護衛していた兵たちが倒れていた。
血を流し、動かない。
もう、既に……
「てめえらあああああああああああああああ!!!!!」
「「「「っっっ!!??」」」
「お兄……!」
俺は叫び、剣を抜いた。
男たちが振り返る。その目に、俺の姿が映った瞬間、全員が凍りついた。
「な、なんだ……あいつ……」
「まさか……レイヴァ……!」
「ばかな、よりにもよって、レイヴァ本人が!」
「くそ、最悪だ! ここは逃げ―――」
言葉は不要。問答も不要。
ただ殺す。
俺はただ、目の前のゴミどもに剣を振るった。
「ぶげらああ!?」
「は、はや、ちょま、待ってくれ、俺たちは!」
「待て、俺には故郷に家族―――」
ただ、むごたらしく斬殺する。
「誰の妹に手ぇ触れてんだこのくそ人間どもが、あああ? あああ? あああ?」
剣術じゃない。ただ、刺す。一思いに首をはねるんじゃない、全員に致命傷を突き刺すも、すぐに死なず、だが助からねえ、そんな傷をつけて苦しめる。
「ぎゃぱああ、げがぱああああ、ぷぎゃあああああああああ!!!!」
言葉にならねえほどの断末魔を上げる人間ども。
そして、周囲の民たちは涙を流し、失禁し、腰を抜かし、吐いている奴らもいる。
だが、容赦はしねえ。
すべてに思い知らせる。
「覚えておけ、人間ども、刻み込め。烈将レイヴァの逆鱗に触れたらどうなるか、この世のすべての人間ども思い知れ!」
「お兄!」
と、そのとき、俺の後ろからしがみつく温もり。
それは、ギリギリで助けられた、俺の愛おしのシスク。
「もう、死んでるって……お兄」
「シスク、ケガはねえか! 貞操は無事か!」
「う、うん、だいじょうぶ、てか、お兄でも妹のヴァージンチェックは流石にダメだってば」
「は~、よかったぜ」
「うん、ありがと、お兄。でも、ほんと油断しすぎてた……ごめん」
シスクの体を触って確かめる。
どうやら、怪我一つないようで、とにかくホッとした。
すると、ホッとして、また怖くなったのか、シスクが急にガタガタ震えだした。
「怖かった……お兄が来てくれなかったら、私……」
俺はそっとシスクの肩を抱き寄せた。小さな体が俺の胸にしがみついてくる。泣きじゃくる声が、鎧越しに伝わってくる。
「もう大丈夫だ。俺がいる。誰にも、二度とお前に触れさせねえ。間に合ってよかったよ」
俺はそう言って、シスクの頭を優しく撫でた。背伸びして大人ぶっていても、こうして泣く姿を見ると、やっぱりまだガキなんだと実感する。
「ただ……こいつらのほうは……もう……」
そして少し落ち着いて周りを見渡すと、転がっている魔族の亡骸。
シスクの護衛だった部下たちの亡骸が横たわっていた。全員、忠義に厚い兵士だった。こいつらがいなければ、シスクはもっと酷い目に遭っていたかもしれねえ。だが、守りきれなかった。俺の責任だ。
「……すまねえ」
俺は同胞の亡骸に向かって、心の中で詫びた。
「急に背後から襲われて……お兄の敵じゃなかったけど、強かった。みんなを一瞬で……」
「そうか……」
「こいつら、王国の残党兵?」
「いや……こいつらは……」
死んじまった同胞の目を閉ざす。あとで、ちゃんと弔って、こいつらの家族には多大な補償をしねえとな。
この人間どもは犬の餌にするけども。
「それにしても……まさか、あの根暗ガキの言ってたことが本当だとは……」
「お兄?」
シスクが襲われることまで言い当てやがった。
そして何よりも、もしシスクが殺されたり連れ去られたり犯されてたりしたら、 俺はどうしていただろうか?
ケガしてなかったシスクでも、これなんだから、もし最悪なことをされていたら、すべての人間を怒りに任せて蹂躙してたとしてもおかしくねえ。
つまり……
「偶然じゃねえ。あいつは本当に、未来を知ってる。」
俺はシスクを抱きしめながら、静かに呟いた。
「……奴は、正しかった」
その言葉は、誰にも聞かれなかった。
だが、俺の中では確かな確信だった。
あいつの言葉が本当なら、これから先の選択が、すべてを左右する。
俺は、もう一度会わなくちゃならねえ。




