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第24話 マシ

「我が一族は、王国の重鎮たち……貴族や大臣と繋がり、商売を広げてまいりました。資産も、影響力も、すべては王国の繁栄と共に築き上げたものです」

「……」

「しかし、今回の戦でそれがすべて失われました。顧客は離れ、信用は地に落ち、取引先は壊滅。今や我が一族は、崩壊寸前です」

「だからといって、娘を……!」

「ええ。例え娘を奉公させてでも、レイヴァ様に接触する必要があるのです。これは、我が一族の命運を賭けた一手」


 俺は、ふと手土産の菓子……ドリィルに目を向けた。この娘も、父親の商品の一部なのかと。


「……お前、嫌じゃないのか?」


 ドリィルは、少し驚いたように俺を見た。 そして、ふっと微笑んだ。


「嫌……ですか?」

「父親に、こんな扱いをされて。菓子の棚にされて、手土産にされて……」

「……」


 ドリィルは、俺の問いに少しだけ目を伏せた。 そして、静かに言った。


「ワタクシは、この家の娘です。誇りを持っております。潰すわけにはまいりません。この身一つで済むなら、安いものですわ。ワタクシは、運命を受け入れておりますわ」


 ドリィルは、静かに立っていた。 その表情に、怯えはなかった。 むしろ、誇りと覚悟が宿っていた。

 俺は、ドリィルを見つめた。 その言葉に、偽りはなかった。

 ヤミナルは、まだ怒りを収められずにいた。 だが、何も言えなかった。 亡国の姫として権限を失った今、ヤミナルの言葉は届かない。

 それに……


「さらに、コレもある意味で娘のためでもあるのですよ、姫様」


 ヒトバイヤの言葉に、ヤミナルが眉をひそめた。


「……なに?」

「このままでは、我が一族は多くの雇用とその家族全員と共に、首をくくらねばならなくなります」


 その言葉に、空気が一瞬止まった。


「娘は、それを守るために身を差し出すのです」


 ソレは言い訳だと、ヤミナルの目が見開かれた。


「ふざけるな! そんなもの、王都の民も同じだ! この戦で皆が全てを……全てを失ったのだ……」

「ええ、ええ。ですが、我が家には借金もございます。我々に庇護などありません。信用がすべて。失えば、即死です」

「……」

「このまま娘をレイヴァ様に引き取っていただけないとなると、別の方への奉公になります」

「……誰だ」

「今、その候補は……ヲゲレツ王国の『スカトロスキー様』しかございません」


 その名が口にされた瞬間、ヤミナルは絶句した。


「……スカトロスキー……まさか……あの男に……」


 知らねえ名前だけど有名なのか?

 ヒトバイヤは、手をもみながら、にゅるりと笑った。


「ええ。スカスキー様は、我が家の古くからの取引先でして。多くの『人材』を召し抱えておられます。その付き合いから娘も渡せば今後も考えてやらなくもないとまで言われております」

「……っ!」


 なら、ソッチでもいいんじゃねえか? と、俺がそんな顔をしていると分かったからか、ヤミナルは悲痛な顔で俺に向く。


「スカトロスキーは……ヲゲレツ王国の貴族の闇とも噂される男。歪み切った異常ともいえる吐き気のするような性癖と残虐性で、多くの妾や奴隷を抱えるも……そのほとんどが精神を壊され、ある者は病になり、あるものは自ら命を絶つほどだと、わらわも聞いたことがある……う、噂ではその悍ましい行為は……ダメだ、わらわも口に出して言えぬ」


 俺も、さすがに驚いた。

 そんな奴が、候補かよ。


「ええ。ですが、レイヴァ様は違います。魔族であり、魔王軍の軍団長でありながら、今やこの地を統治するお方。見たところ民からの評判も、悪くはない。スケベな話題もお好きなようですが、それもまた、人間味のある証」

「……」

「だからこそ、娘にとっては、スカトロスキー様よりも、レイヴァ様の方が遥かに『マシ』なのです。何よりもこの地を離れずに済みますしな」


 ヤミナルは、何も言えなかった。 怒りと悔しさと、そして無力感が、彼女の表情を曇らせていた。

 すると、シガーがぽつりと呟いた。


「……たしかに、マシ……そうかも」


 と。

 つまり、この金髪ロールのうまそうなお菓子はもらって食べていいってことでいいよな?


「ぐわはははは、魔王軍軍団長である俺の方が、人間の貴族よりマシってか? おかしなことになったもんだぜ! ま、くれるってんならこの美味しそうなお菓子は遠慮くなく貰うけどな」

「それはありがたく。いやぁ、流石は器の大きな御方ですな~……というわけで、ことらも是非に御目通しを」


 ヒトバイヤは、分厚いカタログを俺に差し出しながら、にたにたと笑った。

 さっきまでの「娘のためでも」みたいな雰囲気はどこへやら。


「今取り扱い中のカタログにございます。様々な人材から、アイテム、女をよがり狂わせるような……」


 その言葉に、ヤミナルがぴくりと反応した。だが、ヒトバイヤは手をもみながら、わざとらしく口をつぐむ。


「おっと、心優しい姫様の前ではこれ以上は言えませぬがね」


 その配慮が、逆に悪意に満ちていた。

 俺は眉をひそめながら、カタログを受け取った。



「最近では、地方の地域で放浪していた若い男や娘をパックで格安売りしますぞ?」


「パック?」


「ええ、ええ。どこかの奴隷商から逃げて来たのか、戸籍のない者たちで『自分たちは異世界から来たんだ』などと訳の分からんことを言って、少し頭は変かもしれませんが、全員健康体ですし……なかなか美味そうな娘もいますので、お買い得ですぞ?」



 異世界から……? 

 そのとき、俺はふと相棒とクロカワとイロカの顔が思い浮かんだ。

 一方で俺達の会話に、ヤミナルが小さく呟いた。


「……やはり、こやつは外道……」


 その声は、怒りよりも、悲しみに近かった。

  拳を握りしめていたが、震えていた。

 そして項垂れた。


「だが……わらわにはもう……何も、できぬのか……」


 亡国の姫。 かつては王国の正義を背負っていたヤミナルも、今はただの権力のない捕虜。

 ヒトバイヤのような男に、法も剣も届かない。

 それがどこか痛々しかった。

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